万年筆をくるくると回し、遠くにある壇上で講義をしている人物をぼんやりと眺めていた。
 はあ、と小さく溜息を吐き天井を眺めた。

「風影様、次に大名との会談が……」
「わかっている」
 小声で次のスケジュールを伝えてくる暗部に無表情で言葉を返し、講義の邪魔にならぬよう静かに椅子から立ち上がった。
 風影である我愛羅は、砂隠れの医療技術向上のため同盟国である木の葉に優秀な医療忍者の派遣を依頼した。

 今現在、壇上で質疑応答をしていた木の葉の医療忍者である春野サクラ。
 互いに多忙すぎて、今回の来訪でただの一度も、言葉を交わすことも、目が合う事もなかった。




 来客用の屋敷を滞在中割り振られた木の葉の医療使節団。
 研究資料を作成する者や講義の準備をする者や、砂の忍と遅くまで飲み明かす者も様々居る。
 春野サクラも例外なく明日の講義で使用する資料を準備する為遅くまで、起きていた。

「サクラさん!」
「あら、マツリちゃん」
 はたはたと小走りで駆け寄ってくる砂の忍のマツリににこりと笑い掛けた。
 砂隠れに医療関係の仕事で訪れるようになり、歳が近いこともあってか、仲が良くなったのだ。
「こんな遅くにどうしたの?」
「来客護衛で、今日は屋敷の見回りです」
「あら……そんな護衛だなんて、皆木の葉の忍なのよ」
 眉尻を下げながら笑うサクラにマツリは答えた。

「それでもです! 風影様からの御指示ですし。もし皆さんに何か有ったら同盟破棄に繋がりかねません!
ですからサクラさんも今日はもう寝てください!」
「えー、そんな。飲みに行きましょうよ」
「駄目です! それに私は今日護衛です!」
 きゅっと眉を吊り上げ、少し大きな声のマツリ。
「はいはい、わかりましたよ」
 振り分けられた部屋までグイグイと背中を押されるサクラは大人しく従った。



「そう言えば、今度サリも医療忍術についてお話を聞きたいと言ってました」
「そうなの? でも彼女医療タイプじゃなかった気が……」
「サクラさんの活躍を見られて格好いい! って言ってたんで。彼女ミーハーなんですよ」
 サクラとの別れ際、同期である同じ砂のくのいちをマツリは思い出していた。

「そうね、修行に耐えられるなら直接教えてあげてもいいんだけれど」
「そんな! 私はどうなるんですか!」
 サクラの言葉に驚きを隠せなかったマツリはつい大きな声を出してしまった。
「大丈夫よ! マツリちゃんの修行もちゃんと見るわよ」
「……だったらいいんですけど」
 ほんの少しだけ、唇をへの字に曲げたマツリにサクラは笑う。

「じゃあね、マツリちゃん。屋敷の警護お願いね」
「任せてください! これでも我愛羅様の一番弟子ですからね!」
 胸を張るマツリににこりと笑い、別れを告げたサクラは目の前の部屋の扉を開けた。

 ガチャリ。

 薄暗い部屋。後ろ手でドアノブをそっと閉め顔をあげた。
 サラリと動く髪。
 風の流れを感じ、目を細めれば窓を開け窓の縁に腰を下ろしている人物が見えた。

「……不法進入じゃなくて?」
「元々砂隠れの屋敷だ」
 問いかけた質問の答えになっているのかいないのか。
 腰を下ろしていた人物は静かに答えた。

「忙しくしているお前が悪い」
「そっくりそのままお返しするわ」
 頬を膨らませたサクラを見たのは、ここ砂隠れの風影我愛羅だった。

 腰を下ろしたままの我愛羅に近づき少し目元を細くしたサクラ。
 その表様を見た我愛羅は、ゆっくりと腕を伸ばした。


 コンコン
「サクラさん」

 突然聞こえた声にピタリと手を止め、我愛羅は眉間に少し皺を寄せた。
「あ、マツ――んぐっ」
 振り返りマツリちゃん。
 そう言おうとしたサクラの口を後ろから塞いだのは我愛羅の手。
 目だけで我愛羅を見上げたサクラは、いつの間にか随分と背が高くなったなと心の中でポツリと呟いた。

「あれー……サクラさんー? もしかしてもう寝ちゃいましたー……?」
 扉越しに戸惑っているマツリの声にサクラは視線だけで我愛羅に訴えかけた。

 サクラの視線を受け我愛羅は少しだけ眉間に皺を寄せ、苦々しく奥歯を噛んだ。


 コンコン 
 遠慮気味にノックする音。 
「サクラさーん……失礼しますー……」
 ガチャリとゆっくりドアノブを回し、マツリは薄暗い部屋を少しだけ覗き込む。
「あれ?」
 人の気配が無い部屋。
 ハタハタと風に靡くカーテン。

 バン! と勢いよく部屋の扉を開けたマツリは開け放たれた窓まで駆けた。

「……! いない!」
 窓の縁に手を付け外を見たが其処に、サクラの姿は無かった。





 キラリと輝く星達は眠りにつこうとする時間帯。肌寒い空気が広大な空を包む。
「ちょ……我愛羅君!……我愛羅君ってば!」
 薄暗い闇にサクラの声が響いた。

「なんだ」
「マツリちゃんが用事があったみたいなんだけど!!」
 サクラの腰に腕を回したままの我愛羅。
 里から随分と離れ、浮遊した砂に乗った我愛羅とサクラ。

「放っておけ、朝用事を聞けばいい」
「そんな……!」
 自分の弟子に対してこの態度。
 少し眉を吊り上げたサクラは、ぷいっと顔を背けてしまった。

「大体、突然連れ出して……こんな時間に!」
 今日はもう寝てしまおうか。
 そう思っていた時間帯。
 上着も無く、肌寒いと感じていたサクラは我愛羅の腕を振りほどく事はしなかった。

「サクラ」
 頭上から聞こえる声。
 多分、そんなに優しい声色は姉や兄であるテマリやカンクロウも聞いたことはないだろう。
「……なによ」
 少しだけ口をへの字に曲げサクラは我愛羅に答えた。
「見てみろ。あの空を」
 我愛羅の言葉にゆっくりと顔を上げたサクラ。

 目の前に飛び込んでくるキラキラと輝く地平線。
 あまりの美しさに一瞬呼吸をするのすら忘れてしまった。

「……綺麗」
 感嘆の声。
 薄暗い闇を照らすように、神々しい太陽がゆっくりと、とてもゆっくりと顔を出していた。

「俺の気に入りだ」
 優しい目をしながらキラキラと輝く地平線を眺める我愛羅。
 一度我愛羅の表情を見て、サクラは視線を戻した。
「……うん」
 チラリと地上を見れば、太陽に照らされている砂が黄金に輝いて見えた。

 いつも言葉少なく行動する我愛羅に若干振り回されているなと思いつつも最後には許してしまう自分がいる。

「サクラ」
「なに?」
 輝く空をキラキラした瞳で見ていたサクラは我愛羅に名呼ばれにこりと笑った。
 太陽の光に照らされるサクラを見て、心臓が一度ドクリと大きく跳ねた我愛羅は
普段から自分が表情を顔に出さない事をこれほどまでに感謝した事はなかった。

「誕生日おめでとう」

 我愛羅からの言葉に、思わず目を見開いたサクラだったが眉を下げて笑う。
「うん、ありがとう。我愛羅君」
 忙しく繰り返される日々の中。
 自分の誕生日のことなど頭の中から抜けていたサクラは、最高の誕生日プレゼントだと心の中で呟いた。



 サクリと足元から聞こえる音。
 柔らかな砂に体重を乗せた。

「此処に居ればいつでも見られる」
 砂が砕けて空に舞う。
 その様を見ていたサクラは何のことかと一瞬考えた。

「そうね、考えておくわ」
 我愛羅の言葉の意味を考えたサクラは、少しだけ頬を染めて言葉を返した。
 サクサクと音を立てて歩き出す。
 言葉少なく歩く二人。

 まだ人が起きていない時間帯。
 静かな砂隠れの里はとても優しく感じていた。

 ゆっくりと歩くサクラに歩幅を合わせる我愛羅。
 来客用の屋敷が見えたところで突然、サクラが走り出した。
 顔を上げた我愛羅に、くるりとサクラはくるりと振り返る。

「我愛羅君! さっきの言葉本当だからね!」
 サクラの突然の言葉に驚いた我愛羅だったが、珍しく笑った。

「ああ、知っている」
 何れ、この土地に住むことも。
 隣を共に歩む事も。

 きっとそれは遠くない未来。


 太陽だけが輝いていた。

 

 彼誰時は君と共に。





「サクラさん! どこに行ってたんですか〜!!」
「マ、マツリちゃん……!!」
「落し物を届けようと思ったら部屋から居なかったですし…!」
「ご、ごめん!!」
「……あれ、風邪ですか。顔が赤いみたいですけど」
「う、ううん! 大丈夫、大丈夫よ! あ、私講義の準備があるから! じゃ!」
「あ、サ、サクラさーん!」



2014.03.28
彼誰時(かわたれどき)=明け方頃の時間帯
2014年サクラさんお誕生企画提出作品