カツリカツリと聞こえる靴音。
薄暗い牢の中ゆっくりと顔を上げると、随分と見慣れた春色の少女が居た。
「今日は煩い奴等はいないんだな」
「ナルトとサスケ君のこと? 残念だけど私一人よ」
牢の中に居るのはうちはオビト。
手に持っていた古い鍵でガチャンと牢の扉を開けたのは春野サクラ。
手に持っていた医療道具をドサリと床に置いたサクラをオビトはじっと見た。
「随分と舐められたもんだな」
「あら、貴方は此処から逃げ出すことはしないでしょ」
くすりと笑うサクラにオビトは小さく溜息を吐いて頭上を眺めた。
「お前達は相変わらず甘い」
「何のこと」
すらすらとカルテに書き込むサクラを眺め、渇望した少女を思い出した。
もし、もしあの少女が生きていたら、目の前の桜色の少女のように傷つく誰かを救っていたのだろうか。
「……相変わらず、木の葉は甘い」
ピタリと腕を止めたサクラはカルテから顔を上げ、目の前に座り込むオビトを目に写す。
「その甘さが、今貴方が此処で生きていられる理由よ」
「……殺せばよかったんだ、あの時に。俺にはもう何もない」
座り込んで両手を見つめるオビト。
その様子にサクラは手に持っていたペンにほんの少しだけ力を入れた。
どんな理由があり、どんなことがあろうと、目の前の人物を生かすと決めたのは火影で、
目の前の人物を救いたいと誰よりも思ったのは、金色に輝く太陽の少年だ。
だったらそれに応える為にサクラは目の前の人物を生かすのだ。
この人が新しく生きていくこの世界を。
ただ、絶望だけではない事を。
「私は」
ぽつりと呟くサクラにゆっくりと顔を上げるオビト。
「貴方の事はよく知らない。だけどカカシ先生の友人で、サスケ君の親戚で。
ナルトがオビトさん、貴方を助けようとした。それだけじゃ駄目かしら貴方を助けようとする理由は」
唇をきゅっと横に引き、少し眉を下げて笑うサクラがオビトには眩しく見えた。
「知ってる? 現世で出会った人とは来世でも逢えるのよ
彼女に逢うには土産話が足りないんじゃないかしら」
ゆらりと揺れるサクラの瞳を見て視線を地面へ落とす。
「お前、生意気だな」
「なっ! ふん、生意気で結構よ!」
突然のオビト言葉に、ふいっと顔を背け頬を膨らませるサクラ。
その様子見て肩を揺らしながら笑う。
「お前達は変わってる」
笑うオビトにサクラは目を少しだけ見開いた。
「本当に、変わっている」
笑うオビトの右目から、きらりと零れ落ちた涙は見ない振りをした。
「オビトさん」
「なんだ」
「今度はカカシ先生も連れてくるから。大丈夫よ、私達が一緒だから」
ニッと歯を見せて悪戯っぽく笑うサクラは幼く見えた。
「ああ、何もないところだが歓迎する」
牢に入れられているオビトは自分の言葉がおかしいと思いながらも、ニッと笑った。
「サクラ」
春を残した少女の名をぽつりと呟くオビトはごろりと寝転がり何もない天井を見つめる。
ゆっくりと眼を閉じ瞼の裏に映るのは、大切にしたかったけれども出来なかった少女の姿。
『オビト』
微かに名前を呼ばれた気がした。
まだ、そちらに行く事は難しそうだ。
土産話をもう少しだけ。
生きる理由をもう一度
2014年サクラお誕生企画提出作品