「ねぇ、散歩に行かない?」
「え」

 医務室の窓の外からひょこりと顔を出した青年の言葉。
 唐突に言われたその言葉に、幼かった少女から大人の女性へと変貌を遂げた春野サクラは、ただ疑問で言葉を返すしかなかった。



 彩りキャンパス



「もっと、何か楽しいところに連れて行ってくれるかと思ったのに」
「散歩って言ったじゃないか。なにを期待していたのか……」

 穏やかな空気に包まれた河原をかつて、共に戦ったサイの背中に着いて行く。
 さらさらと流れる川を眺めれば、アカデミーに入りたてだろうか、幼い子供達が忍術の修行をしているのが目に見えた。
男の子が二人と女の子が一人。
 影分身を発動させ、一人は見事に成功させていたけれど、もう一人はチャクラが上手く練れなかったんだろう、
どろどろに解けた蝋人形みたいな物体に項垂れていた。
 女の子は、そんな男の子に上手くチャクラが練れる方法を教えているようだった。



「サクラ?」
 足を止めたサクラに、サイは名を呼ぶ。
「ううん、なんでもない」
 名を呼ばれたサクラは首を振り白衣を翻し、パタパタとサイの元へ足を進めた。

「それにしても久しぶりね。皆元気にしてるの?」
「この前ナルト達とご飯食べに行ったよ」
「えー! なによー誘ってくれたらよかったじゃない!」
 サイのまさかの答えにガクリと肩を落とすサクラ。
 その様子を見て、少しだけ困ったように笑ったサイ。
「仕方ないよ、サクラ任務で居なかったし……」
「むー……」
「まあ、機嫌直してよ。あ、ほら、あそこの公園でクレープ買ってあげるから」
「……じゃあ、イチゴクレープで」
 ぷくりと頬を膨らませたままのサクラに、困ったなあ、と思いながらも小腹を刺激するクレープの匂いに
サクラの表情が良くなるのを見て、単純だなあとニコニコしながら思う。


「はい、どうぞ」
「ありがと、あれ……? サイ、アンタの分は?」
「僕は要らないよ」
「そうなの?」
「うん、サクラが食べてるの見てるだけで十分だよ」

 ニコリと笑うサイに少し呼吸が止まったサクラだが、少しだけ視線をさ迷わせ手の中にあるクレープを見た。
「……そ、う」
「うん。あ、そうだサクラその木の下に座ってよ」
「え、ここ?」

 公園内のクレープ屋近くの大きなサクラの木。
 満開とは言わないが、桜が少しだけ色づいていた。

「サイー」
「んー」

 もくもくとサイがキャンパスに筆で色づけるのを桜の木の下に座ったまま見ていたサクラは、何となく声をかけた。
 穏やかな時間が、ゆるゆると過ぎていく。
 視線を動かせば、子供達が走り回るのが見えた。

 クレープをもぐもぐと食べれば、甘酸っぱいイチゴの味が口の中いっぱいに広がった。
 座ってとは言われたけれど動くなとは言われてないもんな。
 そんな事を思いながら、ペロリと完食をしてしまった。

「出来た」
 サイはキャンパスから顔を上げ、にこりと笑った。
「えー、どれどれ」

 よいしょと立ち上がり、サイの隣まで歩きキャンパスを覗いたサクラは、目をパチパチと瞬きさせた。
「……私?」
「そうだよ。本物より綺麗に描けてるよ」
「なっ!!」

 突然のサイの言葉に思わず声を上げてしまうサクラ。
 ニコニコ笑うサイを見て、殴りかかろうとした腕を下ろした。
「どうしたの?」
「べっつにー。殴る気が失せただけよ」
 サイの隣で腰を下ろし、体操座りをして膝の上で頬杖をつくサクラに、サイは今し方描きあげた絵をサクラに渡した。

「はい、これあげるよ」
「へ」
 思わず受け取ったサクラはサイを見た。

「ずっと、考えてたんだけど女の子にプレゼントってあげた事なくて、本を読んでもよく分からなかったから。
僕が出来る事って絵を描くことだからね。サクラに僕の絵を貰ってほしかったんだ」
 キャンパスの絵を見ながら言葉を紡ぐサイ。

「多分、君達に会わなければこうやって公園で絵を描くことも、笑う事も、皆でご飯を食べに行く事もなかった。
だから、サクラ、君が生まれてきたことに感謝している。ありがとう。……だから受け取ってよ」

 サイの言葉にじわりと、胸の辺りに暖かさが広がるサクラはキャンパスに視線を落とした。


「もっと、私可愛いわよ」
「相変わらず素直じゃないなー」
「うるさい!」
 絵を眺めるサクラを見てサイは優しく笑った。


「誕生日おめでとう」
「ありがとう、サイ!」

 サクラの笑顔は、まるでキャンパスから飛び出したように、柔らかく笑っていた。





2014年サクラお誕生企画提出作品