あの時、仲間を護る為にあの子はたったクナイ一つで立ち向かったんだ。
 ただ、その事実だけが私の中にあるんだ。
 


 きらきら笑う




「あ、テマリさーん!」
 にこにこと、笑う表情が印象的だった。
 春野サクラという人物は、その名の通り春に好かれているのだろうと思う。
 桜色に染まる髪の毛がさらりと揺れる。
 決して、この地では育たぬ花の色。
 自分の前髪を一度だけ指で掴んで見て、小走りで向かってくるサクラに視線を向けた。

「サクラ、講義は終わったのか」
「はい! 仕事は終わりです、テマリさんはこれから任務ですか?」
 同盟国である木の葉の里から医療技術向上のため、火影との交渉の末客人として迎える事になったサクラ。
 砂隠れに滞在して早いものでもう一ヶ月を過ぎようとしていた。

「私は夕方からお前の護衛だ」
「そんな、護衛だなんて……」
「客人として迎えているからな。何かあったら火影に……いや、木の葉の里に顔向けできんよ」
 そう言って笑うテマリに、サクラは少しだけ眉を下げた。
「すみません。なんだか……」
「なに、気にするな」
 ポンポンとサクラの頭を軽く撫でる。
 その動作が癖になった一体いつからだろうか。

 なんにせよ、テマリは妹が出来たようで嬉しかった。
「あ、テマリさん今夜一緒にご飯食べに行きませんか」
「そうだな、いいよ。じゃあ私がお勧めのところに連れて行ってやるよ」
「本当ですか! わー、楽しみです!」
 えへへと頬を少し染めて笑うサクラを見るテマリの目は優しかった。

 物心ついた時には母親は居なかった。
 風影である父と弟二人。そして、末っ子の面倒を見ている叔父が一人。

 正直言えばテマリの周りには極端に女性が少なかった。
 男達と同じ環境で育つには強くあらねばならなかった。
 いつしか上忍になり、部下が出来た。もちろん女性の部下もだ。
 だが上司と部下という間柄、対等に接するわけもない。
 更に悪い事に、前風影の娘であり、現風影の姉である。

 どことなく、壁が出来るは当然と言えた。




「あーん! おいしー!!」
 にこにこと笑いながら口いっぱいに夕食後のケーキを頬張るサクラ。
 テマリは本当に幸せそうに食べるな。と内心思いながらサクラの行動を見ていた。

「テマリさんは食べないんですか?」
「ん、私はいいよ。そうだ私の分もやるよ」
 末の弟と似ている瞳の色がジッとテマリを見る。
 その表情に笑ったテマリは自分の目の前に置かれていたイチゴのショートケーキをサクラに渡した。
「いいんですか……!? だって、テマリさんのじゃ……」
「いいんだよ。私は」
 頬杖を付きながらにこりと笑うテマリに少しだけ恥ずかしくなったサクラは「ありがとうございますっ」と答える事しか出来なかった。



***




「テマリさん、今日一緒に寝ませんか?」
「はい?」
 この子は何を言っているんだろうか。
 客人用の部屋を利用しているサクラの言葉にテマリは首の付け根を掻きながら眉をひそめた。
「あ、すみません! 変な意味じゃないんです!! いつも泊り込みの任務の時、ナルト達、男の子は一緒の部屋でわいわい騒いで楽しそうにしてたんで……つい」
 パジャマに着替えていたサクラがテマリに頭を下げた。
「……一緒に寝る事は出来ないけど、サクラが寝るまで一緒にいる事は出来るよ」
 そう言って、ポンとサクラの頭に手を置いた。
「ありがとうございます!」
 気恥ずかしそうに笑うサクラにテマリは優しかった。



「いいなー、我愛羅君にカンクロウさん」
 ベットに入りぽつりと呟くサクラにテマリは顔を向ける。
「一体どうした、あの二人がいいなんて」
 弟二人を羨ましがる理由がとんと分からず、テマリは椅子に腰を下ろしながらサクラに問う。
「だって、テマリさん見たいなお姉さんが居るんだもん。羨ましい」
 ぷくっと頬を膨らませたサクラはうつ伏せになり枕を抱き抱えた。
「……サクラ」
 テマリはなんと言っていいか分からず、ただサクラの名を呼ぶ。

「私ね、一回だけお姉ちゃんかお兄ちゃんが欲しい!! って我儘言ったことがあるんです」
「そうか……」
「はい。……それで、お母さんに無理だよって言われてお母さんにすっごく暴言吐いたのを覚えてるんです。
今考えればどう考えても無理なのに、子供の頃って何も知らなくて。お母さんを悲しませたんです」
 サクラの話を聞きながら、マツリはサクラの髪を撫でた。
「たった一度だけ。その時お父さんに怒られたんです。その時は姉や兄が欲しいとか言うことなんて忘れてて、
普段優しかった父が怒った事にただ悲しかったんです。大泣きしたのを覚えてる」
 サクラは優しく頭を撫でるテマリに眉を下げた。

 テマリに家族の話をするなど失礼じゃないかと思っていた。
 だがいつまでも優しく聞くテマリにサクラはどうしても聞いてほしかったのだ。
「後から知ったんです。私には姉か兄が居たかもしれないと……生まれていれば……」
 サクラの言葉にテマリは一瞬、ほんの一瞬息が止まった。

「無知って怖いですね」
 瞳を閉じたサクラの瞼にテマリはそっと手を置いた。
「傷つけたと思ったなら謝ればいい」
「……はい」
 サクラの瞼に置いた掌がジワリと濡れた事にテマリは何も言わなかった。

 何に悲しみ、何に傷つくかは人それぞれだ。
 テマリは一度だけ眼を閉じカーテンの隙間から差し込む月明かりをぼんやりと眺めていた。
「今はゆっくり寝るといい」
 その言葉にサクラの意識は薄れていった。




 ほんの少し肌寒い朝の空気を肺に取り込み深呼吸をする。
 まだ里内が寝静まっている頃、サクラは荷物を手に持ち客室を出た。

「あ、サクラー迎えに着たわよー」
 そこに居たのはお団子頭の一期上の先輩。
「テンテンさん! それにネジさんも!」
 パタパタと階段を降りテンテンの元に近づく。

「すみません、まさかお二人に来てもらうなんて」
「気にしなくていいのよー」
 ペコリと頭を下げるサクラにテンテンが笑い、ネジは隣で頷いていた。

「春野……サクラ」
 テンテンとネジ以外にその場に居たのは風影である我愛羅と姉のテマリ。
「は、はい!」
 我愛羅に名を呼ばれサクラは返事をする。
「砂隠れの医療技術発展の為一ヶ月に亘る貢献感謝する。礼を言う、ありがとう」
「そんな……! こちらこそ色々学ばせていただきました! ありがとうございます」
 サクラは綺麗にお辞儀をした。

「じゃ、サクラ行きましょうか! 明後日の早朝には木の葉に着きたいし」
「はい!」
 ぐーっと腕を伸ばしながらサクラに言葉をかけるテンテン。
 返事をし、一歩足を踏み出したところでサクラは呼び止められた。

「サクラ」

 聞こえた声に体を止めた。
「テマリさん」
「サクラ、お前にこれをやろう」
 昨夜の気恥ずかしさからか、視線をわざと合わせようとしないサクラの目の前に立つ。
 すっと手を伸ばし、手際よくサクラの髪を軽く結い、簪を挿した。

「あ、テマリさん、これは……」
「チヨ婆様の物だ。貰ってくれ」
「いいんですか……そんな大切な物」
「ああ、きっとチヨ婆様もサクラに使ってもらったら喜ぶさ」
 優しく笑いサクラの目頭を一度親指で撫で、テマリは手を離す。

「いつでも砂に来い。歓迎するよ」
「有難うございます……!」
 にこりと笑ったサクラの表情は、花が咲いたようだった。






「行ってしまったな」
 サクラ達が帰っていた方角を暫く見つめていた、姉の後姿に言葉をかけた末の弟。
 姉が秘かに大切にしているのに気が付いていた。
「我愛羅……」
 後姿しか見えぬ姉。
 少し寂しいのだろうか、そう思いつつ「どうした」とだけ言葉を返した。

「あの子が欲しい」

 まさかの姉の発言に思わず目を見開いてしまった。
 肩を震わせて笑う姉の後姿に嫌な予感しかしなかった。

 我愛羅は空を見上げて溜息を吐いた。
 空は綺麗な青空だった。



2014年サクラお誕生企画提出作品