もしもな話。
戦争後マダラさん達が木の葉に定住。
マダラとサクラ。
チリン、チリン
風に揺れ軽やかな音を奏でるのは穏やかな風に揺れる風鈴。
どこか遠くで聞こえる煩い蝉の鳴き声に一度目を閉じ、ごろりと体を横に向ける。
誰も居ない崩れかけた家屋。
随分と人の手が入っていないことを教えるような埃っぽい匂い。
畳の上でゴロゴロとしていればペタリペタリと聞こえる足音に少しだけ目を開けた。
「あー……またそんなにゴロゴロして。暑いなら髪の毛切ったらどうですか」
スラリと開けられた障子に入ってくる太陽の光に寝転んだまま眉を吊り上げる。
「またお前か……何しに来た。そこを締めろ眩しい」
顔だけ上げて障子を開けた人物に目を向ければ、太陽の光にキラキラと撫子色の髪が輝期光を放つ。
自分とはまったく違う髪色だと思い、畳に広がる黒々した髪を掬う。
まるで闇に染まったような黒々とした髪は自分にはお似合いだとひっそりと思いパタリと腕を畳に投げた。
「お前じゃありません、春野サクラです。いい加減名前を覚えてくれませんかね? マダラさん」
太陽の光を背に、にこりと笑う娘の姿にマダラは大きく息を吐いた。
「うーん……ちゃんとご飯食べてますか?」
ぽつりと呟くようにサクラは今し方診察したカルテと前回分のカルテを見比べながら、目の前で上着を羽織るマダラに問う。
「前回に比べて代謝も落ちてるようだし、それに体重も減ってるわ……」
ぎゅっと眉を吊り上げサクラがマダラを見やればこちらも眉を吊り上げていた。
「……子供じゃないんだ。体調管理ぐらい自分で出来る」
「綱手様に言いつけられてるんですー。もう! 食欲も無いんでしょ! 夏バテじゃない」
「っち、柱間の孫か……」
上着を羽織ったマダラが苦虫を噛み潰したような表情でサクラの前で胡坐を掻きじっと目の前の顔を見れば、
サクラは二、三度ぱちぱちと瞬きを繰り返した。
「なによ……」
「いくら柱間の孫の命令だとしてもお前は変わっている。他の奴等はすぐさま尻尾を巻いて逃げたぞ」
ゆっくりと瞬きをしたマダラの瞼が上がれば奥からぐるりと現れた写輪眼にサクラは微かに目を見開けば翡翠の瞳がゆらりと揺れる。
「そうねぇ……」
物怖じせずじっとマダラの写輪眼を見たサクラはきゅっと唇を引き上げ微笑んだ。
「今、マダラさんが私を殺す事にメリットが無いわ。それになんだかんだ言ってあなたは『うちは一族』の行く末を見守る事にしたんでしょう。
だったら、サスケ君が頑張っているのに余計な事をするはず無いもの」
そうでしょう? とにこりと笑いうサクラにふいっと顔を背け写輪眼を戻したマダラはゴロリと寝転んだ。
「うぎゃぁ!」
「色気の無い叫び声だな」
ぼすりと遠慮無しにサクラが正座をしていた膝の上に頭を置けば、サクラは眉間に皺を寄せてマダラを見下ろす。
「なにするんですか!」
「疲れた、少し静かにしていろ」
ギャンギャン叫ぶサクラの声を無視してサクラの膝に頭を預けマラダはゆっくりと瞼を閉じた。
うっと口をへの字に歪ませたサクラだったが瞼を閉じたマダラの額をゆっくりと撫で髪を掬い上げる。
「いい加減髪の毛切ったらどうなんですか……この季節に暑苦しい」
膝の上に頭を乗せたマダラを覗き込み、むすりとした声色のサクラはごわごわとしたマダラの髪を掬い頭を優しく撫でていく。
「そうだ! ちょっと起きて下さいよ!」
「なんだ、騒々しい……」
ぐいっと力尽くでマダラを起こしたサクラは鼻歌を歌い立ち上がり、持ってきた荷物から何かを取り出してきた。
「……なんだそれは」
「んふふー、いいからそのまま座っててくださいよ!」
バシン! と背を叩き正面を向かせたままのマダラの髪にサクラは荷物から取り出した櫛で優しく梳かしていく。
「赤い、リボンか……?」
胡坐を掻いたマダラは首だけ動かしサクラの膝に置かれている赤い、少し草臥れたリボンに視線を落とす。
「これはね、私の親友から貰ったものなんですよ」
ニコニコと笑いマダラの髪を梳かしながらサクラは言葉を紡ぐ。
「親友?」
「そう! いくら喧嘩したって、挫折しそうになったってこのリボンのお陰で頑張れたの。私は一人じゃないんだって思えたんですよ」
マダラの髪を三つの束に分けぐいぐいと結っていくサクラに「そうか」とポツリと呟いたマダラの声色は少しだけ寂しさを感じさせた。
「だから、マダラさんに貸してあげますよ! ほらできた!」
ギュッと緩い三つ編みを作り毛先をリボンで結びサクラはうんうん、と頷く。
「だからと言って何でこの髪型なんだ」
「いいじゃないですか! 似合ってますし!」
あっははと肩を揺らし、目元を細め笑うサクラにマダラは溜息を一つ。
「今のマダラさんは一人じゃないんですよ」
このリボンは貸すだけですからね。そう笑うサクラを一度だけ見て自分の髪に括り付けられているリボンを手に取れば思いの他草臥れている事に
サクラが随分と使い込んでどれだけ大切にしていたかが理解できた。
「その親友とやらに怒られはしないのか。これはお前が貰ったものだろう」
「大丈夫ですよ! いのはそれぐらいで怒らないし、大体それも一回いのに返したのに結局使わないからって言われてまた私のところに戻ってきただけですし」
素直に、親友と言える間柄が望ましい。
血筋や一族、戦争がなければ己もまた、柱間と拳を付き合せていられたのだろうか。
そう考えたマダラだったがふるりと首を振り、考えた所で過去は変えられぬことを理解している。
自分達の代では出来なかった事を今のこの若者達は手を取り合いやろうとしている。
この目で、行く末を見届けると決めたのだ。
「おっさん、アンタなんつー髪型してんだ……」
ギシリと聞こえた廊下をの音を裂いて聞こえた声にサクラとマダラは振り返る。
「あら、オビトさん。もう終わったんですか」
「あ、ああ。ナルトとサスケが張り切ってな」
サクラが視線を上げるとオビトが渋い顔をしてマダラを見やる。
みつあみをされている自分の先祖を見てなんとも複雑な表情でサクラを見た。
「あんまりおっさんで遊ぶなよ」
「遊んでないわよ、本気よ!」
「尚たちが悪いわ!」
「なに騒いでるんだ……」
「やっほー! サクラちゃん買ってきたよー!」
わらわら、わらわら溢れてくる小僧達にマダラは眉を顰め額を押さえる。
「相変わらず煩い奴等だな」
「しょぼくれる暇が無くていいじゃないですか」
にーっと歯を見せて笑ったサクラに肩を竦ませマダラはオビトと共に現れたナルトとサスケに視線を向けた。
「なにを持ってきたんだ」
「ん、ああ。金魚鉢だ」
サスケが持っていた物はなんだと問えば返ってくる言葉に反応したのはナルトだった。
「そうそう! すんげー悩んでんだよサスケの野郎! 店のにーちゃんすっげー困ってて」
「黙れ、ウスラトンカチ! くそ、蛇なら分かったんだがな……」
手の中の金魚鉢に視線を落としたサスケを見てサクラは瞬きをする。
「サスケ君が選んだの?」
目尻を下げ微笑むように笑うサクラに「ああ」と短く返事をしたサスケは机の上に金魚鉢を置いた。
「アンタにやる」
「はあ?」
一体何を言っているのか、この小僧は。
そう言いたそうに顔を歪めたマダラはサスケを見た後にサクラに視線を移した。
「もう、サスケ君ったら……マダラさん暇でしょう? 綱手様からねマダラさんにペットでも買ってあげたらどうかって言われてサスケ君とオビトさんにお願いしたのよ」
肩を震わせ笑うサクラからゆっくりと目の前の金魚鉢に視線を動かしたマダラは少しだけ奥歯を噛み締めた。
キラキラ光る水の中、黒い出目金と赤い色鮮やかな金魚が二匹、気持ちよさそうに泳いでいる。
ぼんやりと見つめるマダラが一度瞬きをすれば、チリンと風鈴が音を立て存在を主張する。
「そうか……」
ポツリと呟いたその言葉にマダラはどう思ったのか。
今は亡き弟を思ったのだろうか、それとも友でありライバルであり、一度は同じ場所に向かおうとした初代火影を思い出したのか。
マダラの想いを理解することは出来ないが、少しでも汲み取ることは出来るはずだ。
バチン! と軽快な音が薄暗い部屋に響く。
「っ、何をする!」
「もう! 物思いに更けるのは結構ですけど、サスケ君とオビトさんにお礼を言ってください!」
背を叩き、ずいっとサクラの人差し指がマダラの鼻先を掠める。
はぁ? という表情を見せ何か言おうとしたマダラの声をナルトが遮った。
「えー、サクラちゃん! 俺は!? 俺だって一緒に買いに行ったんだぜ!」
「煩いっ! 少しは空気を読みなさいよ!」
なぁ、なぁ! とぎゃんぎゃん喚くナルトの背中をぐいぐいと押し、部屋から押し出そうとするサクラに、なー! とナルトの叫び声が響いた。
「相変わらず煩い奴だな」
「ああ、煩くて敵わんな」
サスケがサクラとナルトを見やり息を吐くとオビトは笑いながら肩を竦めた。
「そうか……ありがとう」
聞こえてきたマダラの発言にオビトとサスケは驚き振り返る。
「なんだ、その顔は」
「いや、アンタでも礼を言うんだなと思って」
「オビト……お前さっきから失礼だぞ」
「いや、三つ編みされて凄まれてもな……」
オビトを睨むマダラにサスケが呆れた声で言ったところで「ねぇ!」とサクラが戻ってくる。
「今日夏祭りがあるみたいよ! 皆でいきましょうよ!」
「祭りだと……サクラ、俺達は……」
爛々と目を輝かせるサクラにサスケは口を噤んで首の後ろをガリガリと掻く。
「いや……俺達が行くのもなあ」
流石に今までしてきたことを無かった事にしたわけでもないし、出来るわけもない。
そんな中『うちは』の三人が祭りに行けば少なからず里の者達を怯えさせる事は目に見えているのだ。
少しだけ目を伏せるオビトにサクラは首を傾げ「何を言っているんですか?」と問う。
「そんなの今更でしょう? 大丈夫ですよ何かあれば私が守ってあげますよ」
カラカラと笑うサクラに瞬きをしたオビトは、なに言ってんだ。と軽くサクラの額を叩き追い出されたナルトの元へと向かう為部屋から出て行く。
そんなオビトの表情が少し穏やかだったのをサクラは見逃さなかった。
「オビトさーん、ナルトがカカシ先生が用事があるって言ってたから後で来てくれって言ってましたよー」
「マジか! ナルトの野郎、さっきはそんなこと言ってなかったぞ!」
ナルトの伝言を伝えれば慌てて走り出したオビトににこりと笑う。
「じゃ、俺もそろそろ行く」
「ん、分かったわ。じゃ夜お祭りでね!」
サクラの肩をポンッと軽く叩き出て行くサスケの背に声をかければ片手を上げた後、壁を伝い颯爽と消えていった。
「マダラさんも参加ですからね!」
くるりと振り返り、金魚鉢を眺めていたマダラにサクラが言葉を掛ければゆっくりと顔を上げマダラは方眉を吊り上げた。
「何を言っている」
「皆で行きましょう、きっと楽しいですよ」
目元を細め微笑むサクラの瞳がなによりも優しかった。
「そうだな……浴衣でも着るのか?」
「生憎、着付けが出来ないもの」
「なんだ、最近の若い者は着付けぐらい出来んのか」
だったら俺がしてやろう。うちはの浴衣で一等いいものがある。そう述べたマダラにサクラは瞳を輝かせた。
「じゃぁ、皆で浴衣を着てお祭り行きましょう! あー楽しみ!」
キラキラと光を放つサクラの瞳がマダラを見る。
ゆっくりと瞬きをして、マダラは少しだけ目尻を緩めた。
「そうだな、楽しむ事も大切だな」
穏やかに微笑むマダラにサクラはただ、優しく微笑んだ。
チリンと微かな風に揺れる風鈴。
ミンミン、ミンミン煩いほど存在を主張する蝉の鳴き声。
すべてが穏やかで、優しくて。こんな日々を求めていたのではなかっただろうか。
夏の香りが辺りを包む。
「マダラさん」
するりと目の前に腰を下ろしたサクラはゆっくりとマダラの頬を撫でるように優しく触れる。
ぱちりとした瞳がマダラの瞳を真っ直ぐ見つめた。
「楽しみですね、お祭り」
新緑のような穏やかな瞳がマダラの瞳とかち合った。
純粋な、ただ真っ直ぐ見つめるて来る瞳にマダラは少しだけ唇の端を上げて笑う。
「ああ、楽しみだな」
くしゃりと笑ったマダラを見てサクラは「うん」と頷き優しく微笑む。
チリンと風鈴の音が夏穏やかに響いていた。
お題No.10・目が合う