ふわり、と柔らかい肌触り。
ゆっくりと瞼を持ち上げ、ニ、三瞬きを繰り返す。

 おぼろげな記憶を辿り、さて己はどうしたのか、とぼんやり考えていた所で部屋の扉がガチャリと開いた。


「あ、起きたのね我愛羅くん」
 姿を現したサクラが手に持っていた着替えとタオル。そしてサクラが大事にとっていた林檎があった。
それを見てああ、そうか。と理解する。


「……倒れたのか」
「ご名答」




 シャリシャリと手際よく林檎の皮を剥いていくサクラの手をぼんやりと見ていれば、
そろりと視線を上げた深い深いエメラルドの瞳が柔らかく笑う。

「どうしたの、我愛羅くん」
「いいや、なんでもない」

 サクラに身体に身体を向け、ガサリと布団を被り直せば手を拭ったサクラの柔らかい手のひらが額に乗せられる。
冷たくて気持ちいいな。ぼんやりとする思考回路でそう思い瞼を閉じた。

「林檎食べる?」
「……いい、まだ食欲無い」
「あら、じゃあ私が頂くわね」

 そう言ったサクラがシャクリと言い音を立て林檎を噛み砕く。
俺自身のために剥いたのではないのか、と思いつつも、まあいいか。と小さく息を吐いた。

「大体、体調悪い時は無理しないで言ったわよね」
「すまん」
「ただでさえ忙しくてすれ違う時が多いのに……帰ってきて早々玄関先で倒れたのよ。ビックリしたわよ」

 もう一度シャクリと音を立てたサクラが親指と人差し指についた林檎の汁を舐めとる。
こんこんと説教をしてくるサクラの言葉なんて右から入って、左側からするすると抜けていく。


「我愛羅くん、聞いてる」
「……聞いてなかった」
 素直に謝れば、もう! と頬を膨らませ、パチン! と軽快な音を立て額を叩かれた。

「もう少し優しくしてくれ」
「優しくしてるけど」

 サクラの細い指が頬を撫で、布団を首まで引き上げられ、すんと一度鼻を鳴らした。

「サクラからの愛が足りない……」
「十分すぎるほど愛を注いでますけども」
 馬鹿なこと言わないの! と笑うサクラの細い腰にぎゅうとしがみ付けば「しょうのない人ね」と頭を撫でられた。


「寝付くまで傍に居るから」
「じゃあ寝なくていい」
「いい加減にしなさい!」
 ぴしゃりと雷を落とされ、いそいそと布団に潜り込めば、腰に手を当てたサクラがもう! と鼻息を荒くしていた。



 しゃりしゃり、しゃりしゃりと聞こえる林檎の皮を剥く音。

「サクラ」
「なあに」
 ふふふ、とにこやかに笑う声。
少しだけ目元を細めサクラを見る。

「食べたい」
「はーい、口あけてー」
 あーんと口元に持ってこられた林檎をカプリと食せば、口の中に広がる甘酸っぱい香り。
「おいしい?」
 首を傾げるサクラに言葉無く頷けばにこりと微笑んでくるので、なんとなくサクラの人差し指に噛み付いた。

「うぎゃ!」
 慌てて手を引っ込めるサクラに笑えば、そんな悪戯する元気があるならもうあげません! と叱られてしまった。

 ああ、こういうのもいいな。
そう思い瞼をゆっくりと閉じれば頭上から優しい声で、おやすみなさい。と聞こえてきた。

 まどろむ意識の中で言葉を返した。
ああ、おやすみ。

 たまにはこういうのもいいかもしれない。




2015.我サク独り祭り
006.おやすみなさい