ソファに座り鼻歌を歌うのはサクラ。
リビングからサクラの居る居間に香る珈琲の薫り。

 鼻を擽るその薫りににこやかに笑いながらサクラは手元の作業を進めていく。
チクリチクリと想いを込めて、指を動かして、糸を通した針が布同士を縫い付ける。

 黙々と、半分ほど縫った所で、休憩したらどうだ。と背後から声を掛けられた。

「ほら」
「ありがとう、我愛羅くん」

 膝の上に縫いかけの布を置いて、我愛羅が手渡してきたカップを受け取る。
鼻腔を刺激する薫りに頷き、カップに口を付けた。

「もう終わるのか?」
「んー、後半分かなー」

 今日は休みなのか、我愛羅は黒い上着を身に纏い、袖を巻くってソファの背凭れに肘を置く。
我愛羅のカップを受け取り目の前のテーブルに置き、膝の上に乗せていた布を我愛羅に見せた。

「どう! なんに見える!?」
「……猫、か?」
 きゅっと眉間に皺をいれ我愛羅は、多分これであろうと言う答えを言う。

「ぶー、違いますうー」
「じゃあ、ライオン」
「残念!」

 うーんと顎に手を当て、真剣に考える我愛羅にサクラはにーっと歯を見せ笑う。

「狸です」
「……狸」

 まじまじと見れば、何処となく守鶴を思い出させるようで憎たらしい。
サクラが大事に持っている布に顔を顰めれば、サクラは肩を揺らして大きく笑う。

「もーいいじゃない」
「お前な……子供の服になんで狸……」
 明らかに面白さ半分でその布、基、子供服に狸のアップリケを一生懸命縫い付けるサクラに我愛羅はガクリと首を折る。

「いーじゃない。可愛いし」
「まあ、分からんでもないが……」
 だがなあ、とあぐねる我愛羅を他所に、サクラは鼻歌を歌いながら縫い物を再開する。
それが少々面白くない。と思ってしまえば我愛羅は口元を歪め、背後からサクラの右肩に額を乗せる。

「我愛羅くん」
「なんだ」
「その体勢きつくない?」
 中腰で右肩に顔を埋める我愛羅に、笑いながらサクラが問う。

「きつくない……というかお前最近俺を放置気味だぞ」
「あら、そうかしら」

 そ知らぬふりをするサクラに、構え! とサクラの白いうなじに我愛羅は甘噛みをする。

「甘えん坊」
「お前が悪い」
 ガジガジと噛み付く我愛羅にサクラはくすぐったそうに笑うだけ。

「もう大きな子供がいて大変だわー」
「俺は子供じゃないんだが」
 ぎゅうぎゅうとサクラにしがみ付き、ムスリと顔を歪めた我愛羅の頭にサクラは細い指を乗せる。
はいはい、と軽くサクラが言葉を返せば隣の部屋から、わーんと小さく声が聞こえた。

「あ、起きたみたい」
「おー」

 聞こえた声に急ぎ足で隣の部屋に向かう我愛羅の背を見て、サクラはにこりと口元を引き上げた。


「何だかんだで、お父さんよねぇ」

 呼ばれるまで珈琲でも飲んでよう。とテーブルに置いたカップを手に持ち、一口飲む。
ふう、と一息ついたところでサクラ! と名前を呼ばれたのでよこいしょ。と重い腰を持ち上げた。

「はいはーい」

 軽やかな足取りで隣の部屋に歩いていく。
そこには穏やかな幸せだけが、詰まっている。





2015.我サク独り祭り
007.穏やかな日常