はぁー、と盛大な溜息を吐いて視線を下ろし下を見る。
何も突っかかるものがなく、ストーンと地面が見えてしまう。
チクショウ! と心の中で盛大にはき捨て手に持っていた包丁で、目の前のキャベツをとにかく切り刻んだ。



「サクラ……そのキャベツどうするんだ……」
「え」
 台所にやってきた夫である我愛羅くんの少し呆れた声に、はたりと手を止めまな板の上を見れば大量にみじん切りをしたキャベツの山。
なんだこれは! と思ったが自分の中の鬱憤をキャベツに八つ当たりしたのだ。
「まあ……サラダにでも使えるし……炒めてもいいしな」
「面目ない」
 気にするな。と優しく言われ思わず肩を落とす。
ぐしゃぐしゃと、大きな手のひらで頭を撫でられ苦笑いをするしかなかった。




 日付を跨ぐ時間帯。
何となく寝れなくて、ぼんやりとテレビを見ていれば、ジャジャーンと軽快なBGMと共に人当たりがよさそうな女性が二人。
黒のタンクトップを着て妙に上半身を強調している。
少しばかり目を細め、なんなんだ、一体! テレビを変えてやろうと思いリモコンを手に取った瞬間に、女性の一人から発せられた言葉に思わず耳を疑った。

『さ〜あ! 今まで胸が小さくてお悩みだった貴女もこれさえあればもう大丈夫!』
『AカップからFカップも夢じゃないんです! 今ここで逃すと貴女は一生後悔するかも!』

 ソファから思わず立ち、ガッとテレビを掴んで食い入るように見てしまう。
どういうことだ。AカップからFカップも夢じゃないと。
いや、Fまではいらないのだ、せめてB……欲を言えばCだとなおよし!
そんなことを考えながら、テレビの中の出来事を何一つ逃さぬようにと目を見開いてしまった。

『このサプリメントを一日三錠飲むだけ!』
『ここで使用されたお客様の声を聞いてみましょう!』

 比較写真と、使用後のコメントがテレビから聞こえてくるのだ。
どのコメントも、まさか本当に大きくなるとは! と驚きの声ばかり。

『セクシーな下着をつけることが夢でした……!』
『ずっと悩んでいたのが嘘みたいです!』
『旦那さんも喜んでくれてます!』

 旦那さんも喜んでくれています。
そりゃそうだろう……小さいより大きいほうがいいだろう。
 うぐぐと声を唸れ、両手でそっと胸を触るがそこにあるのはまな板の如く、真っ平らな胸。
自分で少し揉んでみたけれど、ボリュームなんてあったもんじゃない。

「はあ……注文してみようかしら」
「何を注文するんだ?」

 薄暗いリビング。
電気もつけずにテレビを見ていた私に、我愛羅くんがリビングの入り口から声をかけてくる。
まさか見られているとは……! 言葉無く胸に手を当てたまま、口をパクパクさせて我愛羅くんを見つめた。

『さあ! これで貴女もFカップも夢じゃない!』
『今すぐお電話を!』

 薄暗い部屋に響く、司会の女性二人の声。
ぎょっと驚いた表情を見せた我愛羅くんが、近づいてリモコンを手に取る。

「あ、待って、消さないで……!」
「こんなので大きくなるわけないだろう!」
 リモコンを掴んだ我愛羅くんの腕を咄嗟に掴み、懇願する。
分かっているのだ、サプリメントで大きくならないことぐらい。だけど僅かな希望を見つけた。
だったらそれに縋りつきたいのだ。

「なるかもしれないじゃない!」
「大きくなってどうする!?」
 リモコンを我愛羅くんから奪い返すように、すがり付けば我愛羅くんが頭上にリモコンを持ち上げる。
くそ! 大きくなりやがって! 昔はあんなに小さかったのに!

「大きかったら便利よ! 挟めるし!!」
「ばっ……! 何がだ!」
「ナニをよ!!」
 一瞬にして顔を真っ赤に染めた我愛羅くんに、そしたら嬉しいでしょう! と声を大きく投げかける。

「何言ってるんだ、お前は!」
 ぐいっと頭を掴まれ、パチンとテレビを消されてしまった。
「ああー、ひどい……」
「酷くない。あんなの騙されるだけだぞ」
 リモコンを無造作にテーブルに投げ捨て、私は身体をぎゅっと抱きしめられる。
我愛羅くんの少し長くなった前髪が、頬を掠めてくすぐったい。

「我愛羅くんの鬼、一生に一度のチャンスだったかもしれないのに」
「そんなに、胸を大きくしたのか」
 ぐりぐりと頭を我愛羅くんの胸に押し付けていれば、問われたので当然じゃない。と答えた。
その瞬間、はっ! と意識を浮上させる。

「そうか、だったら毎日手伝ってやろう」
 ニヤリと笑う我愛羅くんの表情に、私は思わず顔を青くした。

「いや、ちょっと、それは……!」
「遠慮するな、今日から手伝ってやる」
 ジタバタと暴れる私の腰を掴み、我愛羅くんは意気揚々と寝室まで歩いていく。
「そうじゃなくて……そういう事じゃなくて……!」
 いやあああ! と私の叫び声が薄暗いリビングに木霊した。


 因みに、毎日のように散々弄ばれたので少しだけ胸が大きくなった気がします。




2015.我サク独り祭り
016.気にする事なかれ