突き刺さるような寒さに、両手を摩り自宅への道のりをゆっくりと歩いて帰る。
空には月が静かに佇んでた。
既に丑の刻を回ったと言うのに家に近づけば、明々と付いていた灯りに思わず小さく息を吐いてしまう。
「起きているのか……」
遅くなる時は多々あるので先に寝ていいと何度も伝えているんだがな。
我愛羅は、ひそりと心の中で呟いて玄関を開け、小さく「ただいま」と帰宅を告げた。
「お帰りなさい、寒かったでしょう」
砂漠と言えど、夜は急激に冷え込んでしまう。
目の前に現れた、妻であるサクラに「少しな」と言えば「強がりね」と言葉が返ってくる。
「先に着替えてきてよ。何も食べてないんでしょう? 夕飯温め直すから」
にこりと笑うサクラに促されるまま、脱衣所に向かう。
汚れた服を脱ぎ捨て、洗濯機に放り込みガラリと風呂場をあければ湧き上がる湯気に、冷え切った身体がじんわりと喜んだ。
身体の汚れを洗い流し、湯船に浸かり、ぐーっと伸びをして欠伸を一つ。
我愛羅が湯船でだらりと姿勢を崩せば、鼻をくすぐるような花の匂い。
そう言えばサクラが親友の、山中いのに入浴剤を貰ったと喜んでいたのを思い出す。
「……元気がない」
湯船の中に消える言葉。
浴槽に縁に腕を乗せ、頬杖をして先ほどのサクラの様子を思い出す。
サクラは己と違い、感情豊かだ。
忍と言う職業柄、向いていないのではないのかと言うほどに感情豊かである。
よく笑い、よく怒り、よく泣く。
籍を入れる前はその感情に振り回される事も多かったが、真正面から向き合えば真正面から全力で返してくれる。
だが困った事に、落ち込んだときはそれを隠そうとするからとんと分からぬのだ。
身体一つで砂隠れに嫁ぎ、慣れぬ環境で戸惑うことも多いだろう。
砂隠れは未だ余所者に強い風当たりがある。
その中、独り懸命に静かに戦うサクラに理不尽な事を告げる輩も居るだろう。
不条理を働く輩も居るだろう。
それでも泣き言を言わずにただ、耐えるサクラに申し訳と拳を握りしめるしかできないのだ。
「あ、お風呂どうだった?いのに貰った入浴剤を使ってみたの」
花の香りが素敵よね。と笑い、テーブルの上に温め直した夕飯を並べていく。
すまない。と謝れば、何を気にしているのだ。早く椅子に座れと言われてしまった。
「サクラ」
名を呼べば、少しだけゆらりと揺れる翡翠の瞳。
椅子に座り、サクラを見上げゆっくりと腰に手を伸ばし、そっと膝の上にサクラを乗せる。
「どうしたの?我愛羅くん」
きゅっと、サクラの胸元に顔を埋めれば入浴剤とは違うサクラの甘い香り。
サクラの細い指が、オレの髪の毛を遊ぶように絡めている。
「我愛羅くんは甘えん坊ね」
里の皆が見たら驚くわよね。と小さく笑う。
暫く髪の毛を遊んでいたサクラの手が、ゆるりと背中に回ってくる。
顔を上げ、膝に乗せたままのサクラの背に腕を回し、背中を緩やかに撫でていく。
右手の中で静かに目を瞑ったサクラが一度だけ、すん。と鼻を啜った。
特に何があったかを聞くわけではない。
サクラが云うまいとしていることを無理に聞くことはしない。
「ねぇ、我愛羅くん」
「……なんだ」
もぞりと動いたサクラの頭を優しく撫でた。
「もう少しだけ、待っててね」
それはサクラの誓いと覚悟。
砂隠れの人間に認められる為に、必死で足掻いているのだ。
「ゆっくりでいい」
もう一度、ゆっくりでいいのだとサクラに告げる。
慌てる事はない、誰かに認められることに近道などない。
だが、サクラが辛くならぬよう、隣で手を取り共に歩こうと新たに誓う。
2015.我サク独り祭り
018.甘え方を知らぬ君に