くあっと大きな欠伸を一つ。
うーんと身体を伸ばし、ガリガリと頭を掻いたサクラは手のひらに当たる感触に首を傾げた。
はて、一体なんだろうか。
触れば、ふさふさと気持ちのいい肌触り。
寝ぼけた頭でベットの脇の棚に手を伸ばし、折りたたみの鏡を手に取りぎょっとした。

「なにコレっ……!!」

 サクラの叫び声は、穏やかな朝日に包まれていた。 



「疲れた……」
 ふらふらと歩くその姿はまさしく疲労困憊。
ここ数日の激務により家に帰れない日々が続き、寝不足とともにストレスも蓄積されていた、五代目風影こと我愛羅はともかく家へと帰りたかった。

 眠い、眠いのかオレは。いや眠さの前にサクラに会いたい。もう一年以上声を聞いていない感覚だ。
だが、睡眠の前に空腹を凌がねば。

 眠い、お腹減った、サクラの三つの単語を繰り返しながら我愛羅は自宅前にたどり着く。
昼の12時を回る頃、家の明かりが付いていない事に首を傾げた。
「サクラは、外に出てるのか……?」
 確か今日は休みのはず。任務ではないとすると出かけているのかもしれない。
少しだけ残念に思いながら、欠伸を噛み殺して玄関を静かに開けた。
「……ただいま」
 灯りがついていない家の中。小さく帰宅を告げるが勿論返事はない。
疲れていた我愛羅は目元を抑え、少しだけ揉む。
 サクラの靴はあるし、気配もある。ただまだ寝ているだけなのだろうか。
珍しいなと思いながらも、家に帰ってきたらまず手洗いうがいをすることをサクラにきつく言われていた我愛羅は洗面台へと向かう。

 昔の自分が、今の自分を見たらどう思うだろうか。
結婚なんて物をまず考えもしていなかったし、まさか手洗いうがいが習慣になるとも思っても見なかった。
「驚くだろうな」
 洗面台に備え付けられている鏡に、自分の顔が映りこんでいるのを確認した我愛羅は、酷く疲れた顔が情けないな、と苦笑いする。

 風呂に入るにしてもまず、替えの下着がない。
どの道、寝室に行かねばならぬことに気が付き、我愛羅は一度、サクラの顔を見ておくか。と考えた。
 廊下を足音を立てず静かに歩き、寝室の扉を開ければカーテンは閉められ、灯りもついていなかった。
だが、ベットの中から出ている巻物と、布団を被りぶつぶつと何か言っているサクラがいた。

(起きていたのか……?)

 思わず気配を消し、足音を立てずにそろりと近づく。
ゆっくりと手を伸ばして掛け布団を掴んで剥ぎ取れば、我愛羅は思わず目を見開いた。

「ぎゃああ!! 我愛羅くん、お帰りなさい! いつ帰ってきたの!」」
「さ、さっきだ……」

 ヒクリと口元を引き攣らせた我愛羅は、目の前の光景は何かの冗談だろう。と思い左手に掛け布団を持ったまま、右手で目元を一度揉んだ。
「サクラ」
「はい!」
 目元から手を放した我愛羅は、もう一度サクラを見たがやはり同じか。と心の中で呟いた。
「どうした、それ」
 ソレと言われたサクラは、我愛羅の視線から逃げるように 視線を下げ、掌を見る。
言葉無く、両親指で遊ぶサクラの頭でひくひくと動くソレに、我愛羅は瞬きを繰り返した。
「本物か……?」
 疑念を持った我愛羅が思わず手を伸ばして掴めば、サクラが「ぎにゃあ!!」と声を上げた。
「何するのよ!我愛羅くんの馬鹿!エッチ!」
 にゃああ!!と威嚇するサクラに合わせてソレはピンと逆立つ。
するりとサクラの背中に見えた長く、逆立つ物体に我愛羅は目元を手で覆った。

「なんで、猫の耳と尻尾が生えてるんだ……」
「ちょっと、呪い的な……」

 我愛羅の宙に向かって吐いた言葉に、サクラは答える。

「昨日の夕方、マツリちゃんと書庫の整理をしていて……」
「ほう」

 サクラの落ち込んでいる感情を表すかのごとく、サクラの頭から生えている猫耳はへたりと折れ、 ぱたりぱたりと布団をリズミカルに叩く音は、サクラの尻尾が奏でていた。

「その中にあった呪印の巻物を誤って開けてしまって……」
「成る程。それでその耳と尻尾か……典型的な呪印の一つだな」

 我愛羅の言葉にコクりと頷いたサクラは「面目ない」と呟いた。

「それで、解除の方法を調べてたのか」
 ベットの上で広げられている巻物を我愛羅は手に取る。
呪印の巻物と共に、解除の方法も書かれているのが常だ。

「ぅ、うん……そうなんだけど」
 歯切れが悪いサクラの言葉を疑問に持ちながら、首を傾げ巻物に視線を落とす。
「あのね、我愛羅くん」
「どうした」
 ベットの上で正座をしたサクラが、目の前に立つ我愛羅の裾をくいっと引く。
「その……」

 ぱたぱたと揺れる尻尾に、目尻と紅く染め熱が篭った瞳で我愛羅を見つめる。
サクラの視線に、ぎくりとする我愛羅は手の中の巻物を掴んでいた手に思わず力が入ってしまう。
 そろりと腕を伸ばし、我愛羅の胸元に手のひらを静かに添える。
膝立ちになったサクラは「ねぇ、我愛羅くん」と浅く息を吐いた。

「サ、クラ……」
 脳天に響くような甘い声色。
思わず目を見開いた我愛羅の首筋に、サクラはまるで噛み付くように口を寄せた。

 ぐしゃりと音を立て、床に落ちる巻物。
気がつけば、我愛羅はサクラの両片を掴んでベットの上に押し倒していた。

「……発情期か」
 我愛羅が見下ろせばサクラは、真っ赤な舌でぺろりと唇を舐め「にゃあ」と挑発するように鳴いた。

 正直、我愛羅は疲れているし、眠いし風呂にも入りたい。
でもサクラに触れたいし、なにより目を通した巻物には術中に嵌ったものは、発情期の猫になると書いてあった。
解除は一つ、本人が満足すれば術は解けるということ。

 かつて、拷問や情報を収集するために使用していた術らしい。
少々思案し、眉間に皺を寄せているとチクチクと見てくる視線に我愛羅は顔を向ける。
見下ろしせば、サクラの唇の端がきゅっと上がり我愛羅の首に腕を回す。
 サクラは血色のいい唇で我愛羅の耳朶を甘噛みし、膝を折り我愛羅の足の付け根をぐいぐいと押して刺激する。

 なぁーお、と本物の猫みたいに鳴き声を上げるサクラに、我愛羅は一度だけ小さく息を吐く。
 瞳孔を細めたサクラは我愛羅の口をぺろりと舐め、口づけをした。



 焼き尽くすほどの陽の光を遮断して、薄暗い室内に響くのは荒い息遣いとベットが軋む音。
「ふぁぅ、にゃぁあああっ!」
「っ、はぁ……!」

 いいところをぬるぬると摩られ、涙を流しながら歓喜するサクラは我愛羅を逃さぬようにと脚を絡めしがみ付く。
眉間に皺を寄せた我愛羅が唸るような声を上げると共に、爪を立てたサクラは我愛羅の背中に抉るように引っ掻き、肩に噛み付いていた。

 熱く、柔らかく包み込むサクラの体内から自身引き抜けばどろりと白濁した流れ出る。
肩で呼吸を整え、髪を掻き上げた我愛羅は目の前で、瞼をゆっくりと上下させているサクラに寝転んだ。
「少し、寝るといい」
「ぅん……」
 小さく頷き、ゆるゆると瞼を閉じたサクラが小さく寝息を立てるのを見て、一つ欠伸をした。

 眠い。今はとにかく眠い。
風呂にも入りたいし、なんならお腹も減っている。そして汚したシーツも変えたい。
だが我愛羅も体力気力共に残っておらず、後のことは起きてから考えよう。と言う考えに至り、サクラの柔らかい身体を抱きしめ瞼を閉じた。


 ***


 先に目を覚ましたサクラが、きゃああ! と叫び声を上げたのに我愛羅も目を覚ます。
我愛羅が飛び起きたその先には、顔を真っ赤にしていたサクラが居た。

「なんて恥ずかしいまねを……」
 ひそりと顔を両手で覆うサクラに「もっと誘ってくれてもいいんだが」と言えば、我愛羅はガツリと顎を殴られてしまった。

 たまにはこんな事も悪くない。
そう思いながら、我愛羅は殴られた顎を押さえ、柔らかな布団に体を預けた。

 毛並みのいい尻尾が、未だゆらゆらと主張していた。
尻尾を掴み、するすると撫でるとサクラの背中がもう一度、震える。

 目元を細めた我愛羅は、目の前の白い背中を見て薄く微笑みもう一度、手を伸ばしていた。


2015.我サク独り祭り
019.ゆらゆら揺れる