三学期の終業式終了後の放課後。
まるで閑古鳥が鳴くような図書室。
返却期限が迫っていた本を返し、ついでに何か借りて帰るか。
そんなことを思いながら図書室の奥に進み、何か面白いものが無いかと探していた我愛羅は、図書室の窓の外に見知った人物を見つけ、視線を持ち上げた。
うちはサスケと春野サクラ。
クラスは違えど二人ともよく話すし、どちらかと言えば仲がいい部類であろう。
人が少ない校舎の陰。
ああ、これは。と我愛羅の頭の中を過ぎる"よく見る光景"
よく見る、と言うよりは当事者になることのほうが断然多いが。
ぼんやりとその光景を見ていたら、寒さなのか、それとも恥かしさなのか。サクラがほんのりと両頬を薄紅色に染めていた。
可愛らしい"女の子"だと思った。
スカートの丈を気にしたり、寝癖が付いていないか鏡で確認したり、ゴミが付いていないか友人に見てもらったりしたのだろう。
ここに来る前に、友人に背中を押してもらって勇気を貰ったのであろう。
友達と言う枠組みを捨て、一歩踏み込もうとしたんだ。
何となく。
サクラが泣くのを見たくないと思った。
うちはサスケという男が、春野サクラという女を至極大事にしているのは分かっている。
だけど、その想いを受け取るかどうかはまた別の話だ。
大事にしたいからこそ、受け取れない。
大切にしたいからこそ、相手を汚す事は出来ないのだ。
自分の想いを伝える事で精一杯のサクラは、サスケの表情を見れていない。
いつもの彼女なら、何かしら勘付いていたであろうに。
サクラがどんな言葉でどんな想いを告げたかは知らないし分からない。
奥歯を噛締めるような表情をしていたサスケは泣きそうに見えた。
想いが受け取れぬなら、生半可な優しさを見せてはいけない。相手に夢を見させてはいけない。
本棚に手を伸ばし、手に取っていた本を元に戻して我愛羅は小さく息を吐く。
目を少しばかり離していたその隙に、サクラだけがその場にいた。
「サクラ」
俯いたその背に声を投げかければ、サクラは少しだけ首を動かした。
「我愛羅くん、どうしたの?」
名を呼んだのが我愛羅だと分かれば、顔を上げにこりと笑う。
「……泣いていなかったんだな」
「見てたのね」
目をくりっと大きくさせ、サクラは驚いたが歯を見せて大きく笑った。
「振られたぐらいで泣かないわよ。そんなやわな女じゃないわ」
だってウザイじゃない。振られた相手に目の前で泣かれるなんて。
あははと笑うサクラの頭を何となく、ガシガシと無造作に撫でれば、撫子色をした髪の毛がぼさぼさと跳ねてしまう。
「もうーなにすんのよー!」
ぐしゃりと乱れた髪を整え憤慨するサクラの目元に、真っ白で綺麗なハンカチを押し付ける。
ハンカチ越しに分かるサクラの瞼が震える感覚。
下唇を噛締めて、ハンカチを覆うように被せていた左手に、サクラの両手が触れた。
「馬鹿ぁ……優しくしないでよ」
ずーっと鼻を啜る音に、じわじわ濡れるハンカチ。
もう一度、頭をぐしゃりと撫でれば、サクラの真っ赤に染まった瞳と視線がぶつかった。
「我愛羅くん、ごめん……ハンカチ汚れた。洗って返すね」
涙を拭っても、拭っても一度決壊した涙腺は止まる事を知らないようで。
目元を押さえるサクラの肩を、一度だけ軽く叩いた。
「……ハンカチを返してくれる時は、笑ってくれてるほうがありがたいんだがな」
口から出た言葉に、サクラが瞬きを数回繰り返し困ったように眉を下げて笑い顔を見せてくれた。
「あったりまえよ! いつまでも引きずるような女じゃないわ!」
笑ったサクラの顔を見て、意外と立ち直りが早いかもしれないな。と納得してくるりとサクラに背を向けた。
「我愛羅くん!」
背中越しに呼ばれる声。
首だけで振り向けば、にっと歯を見せてサクラは笑う。
「ありがとう!」
真っ白なハンカチを握り締めて、手を上げるサクラに自分でも分かるぐらい、少しだけ笑っていた。
「化粧、落ちてるぞ」
「ひぎゃあ!」
目元の化粧も綺麗に落ちているサクラに一言忠告しておいた。
うん、濃い化粧が無い方がよっぽどお前らしい。
短い冬休みの間、慰めるか。と思ったのは今はまだ、誰にも言わない。
2015.我サク独り祭り
021.悲しみハンカチさようなら