焼けるほど熱い日差しも、身体を撫でる生温い風も気にならない。
少しだけ、お洒落をしてもよかったかもしれないな。
と思いながらショーウィンドウに映った忍装束姿の自分に、仕方がないか。と納得させた。
「サクラー、次に行くぞー」
「はい! 今行きます!」
少しばかり離れた所で、護衛任務として共に来ていたカンクロウに名を呼ばれ、
サクラはショーウィンドウから視線を逸らした。
穏やかな昼食。
静かなリビングで大きなため息が一つ聞こえてくる。
「ったく、本当お前等なぁ……」
額に手を当て、盛大にため息を吐いたカンクロウを見て、
正面に座っていたサクラと、風影でありサクラの夫である我愛羅は共に目を見合わせた。
「仕事のついでだ、別によかろう」
「そうだけどよ……」
ちらりと視線を向けてくるカンクロウにサクラは
申し訳ないと心の中で謝罪の言葉を述べるしかなかった。
「大体都に行かなくても、木の葉の物産品は里内でも買えるだろうよ。少ないけど……」
「ほら、我愛羅くん。やっぱり無理だって……里内で買い揃えましょうよ」
渋い顔をする我愛羅の袖を引き、サクラは眉を下げる。
数ヶ月前、挙式を上げた我愛羅とサクラは秘密裏に逢瀬を繰り返してきた。
誰にも言わず、何も言わずただひっそりと。
念願叶った二人だが、決して大手を振って歩く事はとても少ない。
互いに仕事が忙しい身。
いくら籍を入れたと言えど、共に居れないときのほうが未だ多い。
カンクロウとて、今まで秘密裏に愛を育んできた二人の事を思えば少しばかり気が引ける。
二人きりにしてやりたいのも山々だ。
「この時期に二人揃って、里外に出るっていうのが軽率だろうが」
砂隠れとして、医療忍者のスペシャリストが嫁いできたことに喜んだ。
だが、最高医学の塊を砂隠れの上層部が外に出す事を懸念したのだ。
折角、里が発展するための人材。
そんな人物をどうして、危険が伴う里外に出そうとしようか。
「……わかっている」
言われなくとも我愛羅とてそれは重々承知している。
分かっているが、我愛羅はサクラを気に掛けていた。
テマリやマツリなど話すのもごく僅か、しかも今までと暮らしていた環境の違い。
サクラは文句は言わない。自ら選んだ道だからだ。
だけど不安があるのも分かっている。
大切な人の微かな変化に気づかなくて何が夫婦といえるのだろうか。
「ったく……わかったよ。だけど今回だけだからな、テマリを外してサクラと俺で護衛に就くじゃん。それで文句ないだろう」
ガリガリと頭を掻き、立ち上がったカンクロウはリビングから出て行ってしまった。
「……カンクロウさんに迷惑掛けちゃったわね」
「仕方ない。だけどコレを逃すと多分もう里外に出る事は難しいぞ」
サクラの頬に我愛羅の手のひらが触れる。
そっと我愛羅の手に触れ、瞼を閉じてサクラは微笑んだ。
「大丈夫、自分で選んだ道だもの。何があっても貴方と一緒にいるわ」
だから大丈夫。自分の立場を誤ったりしないわ。
自分に言い聞かせるようなサクラの姿に、我愛羅は心の中で小さく、すまない。と謝罪の言葉を繰り返した。
***
都で大名や貿易商と会談を終えれば、辺りはすっかり日は沈み街の灯りだけが静かに主張していた。
「我愛羅、夜は大名と食事会だぞ」
「……面倒くさい」
宿の一室。
ベットに転がり込む我愛羅を見て、予定を確認したカンクロウは眉を吊り上げる。
「我愛羅くん、食事会が終われば今日はもう終わりだから」
寝転ぶ我愛羅の背にサクラの手が触れる。
優しく撫でていれば、目を閉じた我愛羅がそのまま寝てしまいそうだった。
「サクラ、いつものことじゃん。ほっとけ」
「でも……」
眉を下げるサクラは、突然腰にしがみ付いた我愛羅に「うわあ!」と驚き声を上げる。
「我愛羅くん、何してんの!」
「……元気出た。準備してくる」
サクラに頭を軽く叩かれながらも、どこか満足そうな表情をした我愛羅は気だるそうに、のそりと身体を動かした。
室内に取り付けられている風呂場に向かう我愛羅を見送り、カンクロウは立ち尽くすサクラに視線を向けた。
「ほら、サクラも準備するじゃん」
「え?」
一体何のことなのか。
サクラがきょとんと瞬きを繰り返せば、カンクロウは持って来ていた荷物から、一着綺麗に包装されていた衣装を取り出した。
「これに着替えて準備するじゃん。化粧は軽くしてやるから」
「へ?」
はい、と手の上に乗せられたのはクリーム色が基調で、ストーンが散りばめられている風の国特有の民族衣装。
「すごい、綺麗……」
「レヘンガっていう衣装じゃん」
包装から取り出し、手で触ればなんとも気持ちがいい。
トップスとスカート、そしてショールの三点。
なんとも高そうな衣装である。
はっ、と意識を浮上させカンクロウを見れば、どうした? と視線を向けていた。
「なんで、この衣装着なきゃいけないんですか……」
「なんでってそりゃ……大名に紹介するからじゃん?」
やっぱりそうか! と頭を抱え、今すぐ逃げ出したくなった。
「まあ、紹介って言っても小さな食事会じゃん。大名側もそんなに人数居ないしな」
あっはは。と笑うカンクロウに、そういう問題ではないと眉間に皺を寄せる。
大名に紹介されるという事は、それは我愛羅の、砂隠れの"風影"の妻として紹介されるという事だ。
恥はかけないし、我愛羅に恥はかかせられない。
せめてこうなるならば、事前に伝えて欲しかったとサクラは切に思った。
「マナーとか……私全然駄目ですけど」
「あー、気にすんな。そこら辺の細かい所は特に気にしなくて良いじゃん」
そういい残し、早く着替えろよ。と部屋を出て行くカンクロウの背を見て、今一度手元にあるドレスに視線を落とす。
「服は、着易そうでよかったけど……」
仕方がないか。そう納得させ忍装束を脱ぎ捨て、しゅるりと衣装を身に纏う。
部屋に備え付けられている姿見を覗き込めば、ピタリと身体にフィットした衣装に、誰が選んだのかしら? と首をほんの少しだけ傾けた。
「なんだ、似合ってるじゃないか」
シャワーから出てきた我愛羅の声に、顔をあげ、サクラは片眉を器用に吊り上げた。
「なんで我愛羅くんは普段の衣装なの?」
「お前の紹介だからな。オレは普段どおりでいい」
我愛羅の言葉に、チクショウ! と心内で思わず叫んだ。
「完璧じゃん! さすが俺だな」
ふふん、と笑うカンクロウに手鏡を渡されサクラは頬に指を伸ばす。
「まるで結婚式のときみたい」
ぽつりと呟くサクラの背後から、伸びる腕。
露出している腹部を抱きしめられたと思えば、頭にずしりとかかる重み。
「もう、大名に見せなくていいんじゃないか」
「馬鹿言うな」
サクラの頭に顔を埋めて、すんすん鼻を鳴らす我愛羅はもう一度「見せなくていいと思うんだが」と呟いた。
「ったく……明日の為に無理言って一緒に来たんだろう。明日のための試練だと思え」
カンクロウに、筆を向けられた二人は顔を見合わせ「はーい」と間延びした返事を返した。
「じゃあ、行ってくる」
「行ってきます!」
宿の出入り口で二人に挨拶をされ、カンクロウは頭をガリガリと掻きひとつ欠伸を零す。
「おー、行って来い。明日の夕方まで帰ってくるな」
俺はもう寝るぞ。
早く行って来い、と言えば「寝すぎるなよ」と我愛羅に言われたものだからカンクロウは「うるせぇ」と言い返す。
そのやりとりを隣で見ていたサクラは小さく微笑んでいた。
大名との食事会も僅か三十分足らずだ。
スケジュールの都合上大名側からそれ以上時間が取れぬと言われた。
そうなれば後はもう自由の時間だ。
都の夜は、まだまだ活動時間だ。
二人でどこかに飲みに行って、明日は都を二人で見回ればいい。
「俺っていい兄貴じゃん」
弟夫婦の為に「影影の妻としてサクラを紹介しなければいけない」と上層部を無理やり納得させ、二人が心置きなくデートできるようにセッティングして。
まあ、大名に会うのに特に粧し込まなくてもよかったが。
どうせ酒飲むだけだしな。
そんなことを考えてベットの上に寝転がり、ぐーっと大きく伸びをしたところでしまった。と頭を過ぎる。
「我愛羅とサクラの写真撮ってない……テマリに殴られる……」
やべぇ。と顔を青くしたカンクロウのことを二人は知らない。
2015.我サク独り祭り
022.苦労性の兄貴