失礼しますー。と少し伸びた言葉で軽くノックをして開けた扉の先に待っていたのは、目を疑う光景だった。



「一体何があったんですか……」

 風影が常日頃から仕事をするために篭っている執務室。
床に散乱した書類はもとより、目の前で困り果てていた義理の姉であるテマリにも驚いたのだ。


「サクラ、いいところに! 私にはどうしようもできない」

 頭を抱えるテマリの背後にある仕事用の机。
覗き込めば、そこにはなんとも可愛らしい男の子の姿があった。

「かーわいーんだ」
「……うるさい」

 見た目の可愛さと打って変わって、唸るような声に眉を下げて少しばかり表情を崩す。


「なんで我愛羅くん、小さくなってるんですか?」

 シャツの袖をこれでもか! と言うほど折り曲げて。
すこぶる不機嫌そうに頬杖をしているが、どうしたって可愛くて仕方がない。
よく見れば、いつもよりも椅子の高さがあるようで、いつもは見えない背凭れも見えていた。

「実は、木の葉から届いた綱手殿からの小さな小箱を空けたらこうなったんだ」
「綱手様のですか?」

 テマリて渡されたのは、確かに綱手の捺印がなされた正真正銘、綱手からの贈り物。
なんだろうか、と箱を見て「そうだ!」と思わず声を上げてしまった。

「あー、思い出したわー。これ綱手様の悪戯よ……箱を開けると綱手様が仕掛けた罠で身体が小さくなっちゃうのよ」
 そう言えば、随分昔に仕掛けられた悪戯だったなあ、
と懐かしく思えば、小さくなってしまった我愛羅が、ガン! と机を叩く音が響いた。

「悪戯にもほどがあるだろう……!」

 明らかに憤慨している。
それは本当にわかるのだが、我愛羅の姿は今は五、六歳ぐらいだろうか。
成人男性とは違い、小さな腕や手のひらがちょこちょこと動いているのにサクラは心臓の辺りがむずむずした。

「あれですよ、ちょっと早いエイプリルフールの悪戯ですね」
「くそ……」

 ぐぐぐと両手に力を込める我愛羅に、
机越しに少しだけ腰を下ろして、頬をつんつんと突いてみた。

「ほっぺたやわらかーい」

 にこにこ笑いながら暫く突っついていれば、思わず我愛羅に噛まれそうになったのでサクラは慌てて指を引っ込めた。

「あ、それと手紙も一緒に着てたんだよ。ほらこれ」
「すみません、師匠のせいで」

 苦笑いしながらテマリから手紙を受け取り、相変わらず達筆な字を綴る綱手に懐かしさを感じた。

「えーっと……『我愛羅久々だな! お前にいい物をやろう、これでサクラと楽しむといい!』ですって……」
 なにこれ。
師匠そんなに忙しいのかなあと、サクラは手紙を読んで瞼を閉じる。

 昔から、綱手は忙殺されそうになると現実逃避をして悪戯を仕掛けてくるのだ。

「それで我愛羅くんは見事に引っかかって、当り散らしたのね」
 少しばかり呆れながら、腰に腕を当てる。
思いもよらない悪戯に仕事が溜まるのが許せないんだろう。

「大体、影から引退したといえど、忙しさはわかるだろう……! それなにのだな」

 ぷるぷると震える我愛羅に、まあまあ。と落ち着くように宥めるが怒り震えていた。

(正直、師匠の悪戯……これって私のせいよね。我愛羅くんが全然休まない事をちょっと愚痴ったから……)

 申し訳ない。
申し訳ないが、綱手のちょっとした計らいだろう。
我愛羅は小さくなってしまったが。

「まあ……仕方ないわよ。綱手様の薬だから二日ぐらいで効果が切れると思うし」

 二日。
ポツリと呟く我愛羅とテマリを交互に見返せば、互い頭を抱えていたので少しだけ口元が緩んでしまった。

「まー、そうだな。最近篭りっぱなしだったから二日間休みを取れ。カンクロウと私で代理をしておこう」
「しかし……」

 きゅっと困り顔を見せる我愛羅に、サクラとテマリは胸の内でかわいいと連呼した。

「なーに、大丈夫さ。最終判断は上役とエビゾウじい様に確認して決めてもらうよ」
 兎にも角にも、その格好じゃ示しがつかん。とテマリに言いのけられ、我愛羅は思わず口篭ってしまった。

「サクラ、我愛羅を頼んだぞ」
「任せてください」

 目の前で話が進んでいくのを、我愛羅は瞼を閉じて聞いているしかなかった。

「じゃあ、我愛羅くん帰りましょうー」

 むんず、と脇下を掴まれたかと思えば突如感じる浮遊感に我愛羅は瞼をあけて、瞬きを繰り返す。

「なにをする」
「なにって……だっこじゃない」

 ぎゅーっとサクラに抱きしめられるのが恥ずかしいのか、
我愛羅は小さくなった手のひらで、サクラの肩をぐいぐいと押す。

「やめろ、恥ずかしい」
「えーいいじゃない! 里の中とは言え何があるかわからないのよ! こんなに可愛いし」

 ふっくらしたサクラの胸に、不可抗力で顔が埋まり思わずそのまま瞼を閉じた。 

 意外と大きい。と言うより柔い。柔らかい。と頭の中で我愛羅は繰り返す。
見た目が子供になっただけで中身が変わったわけではない。
成人して、男としての快感を覚えているだけに致し方ないと自分に言い聞かせた。

「ほらー二人ともいちゃつくなら家でしな!」

 テマリに怒られた二人は大人しく「はーい」と口を揃えて返事をする。


 この調子だと元に戻るまで、きっとサクラに構い倒されるであろう。
この機会に、甘えるのもまたいいか。と我愛羅は秘かに誓った。



 後日、綱手から新たな小包が届いたのはまた別の話。



2015.我サク独り祭り
026.多分、後日に仕返しされる。