窓を開け、新鮮な空気に伸びをする。
肺いっぱいに朝の空気を取り込んで、今日も一日頑張ろうかと思わずにこりと笑ってしまった。



 今年はきっと、誰にも祝われる事はないだろうな。
そんなことを思いながら、研究室の一室でサクラはフラスコを持ち上げる。

「……うーん?」

 手に持ったフラスコの中身の変化を見逃さぬように、睨み合う。

 木の葉から遠征として訪れた砂隠れ。
滞在して早半年。なんとなく、今朝見たカレンダーで自分の誕生日が今日だということに気がついたのだ。

「はぁ、今更だもの……」

 木の葉の面子ならば、いのを筆頭におめでとう! の言葉でもあっただろうが、ここは砂隠れ。
誰一人として知るはずも無い。言った事すらないのだ。

「別に何か欲しいってわけじゃないけどさ」
 欲しいというわけではない。
ただ「おめでとう」と言う言葉をもらうだけでうれしいのだ。


「サクラさーん」

 コンコンと聞こえたノックする音と共に名前を呼ばれ、フラスコから目を離す。
開け放たれた扉から顔を出したマツリの姿にサクラはにこりと笑った。

「マツリちゃんどうしたの? 今日は非番って言ってたんじゃ……」
「あ、そうなんですけど! それよりもですね、先ほど我愛羅先生が呼んでました!」
「我愛羅くんが……?」

 一体なんだろう。
首を傾げ、何かしたっけ? とマツリに視線だけで問えば、にこにこと笑いながら早く行って来て下さい。と背中を押され研究室から追い出されてしまう。

「んー……? 書類の不備でもあったかしら」
 いや、そんなはずはない。
うーんと考え、執務室まで足を向ける。
ほんの少しの期待を込めて。



「失礼します」

 目の前の分厚い扉をノックすれば、中から入れ。と聞こえたので少しだけ扉を開けて中を覗きこむ。
そこには、山のような書類に目を通す我愛羅が座っていた。

「……なにをしている、入って来たらどうだ」
「なんで呼ばれたのかしら」

 サクラが扉越しに質問を投げれば、我愛羅はばつの悪そうな表情で頭をガリガリと掻く。
じとりと見るサクラに、いいからこい。と我愛羅は手招きをした。

 後ろ手でそっと扉を閉め、一歩、また一歩と近づいて。
机越しに我愛羅の前に立てば、腕が伸びてきたのでサクラは思わず目を閉じた。

「お前、何で言わなかった」
「いひゃい!」

 ぐにりと頬を抓まれたサクラは声を上げる。
少し目を開けて我愛羅の顔を見れば、ほんの少しだけ怒っているような気がしてならなかった。

「なにがよ!」
 痛い痛い! 暴力反対! と訴えればやっと手を離した我愛羅は小さな声でぽつりと呟く。

「誕生日……」
「え」

 抓まれていた頬を摩りサクラが我愛羅を見れば、ぎゅっと眉間に皺を寄せて少し悲しそうな表情をしていた。

「だって……」

 もごもごと口篭りサクラは視線を足元に落とす。
お腹の辺りで指を組んでもう一度「だって……」と声を上げた。


 我愛羅とサクラが所謂お付き合いをして三ヶ月。
今回の遠征で恋仲となったサクラは、なんとなく言うのが憚られた。

 プレゼントが欲しいわけでも無いし。
「私、誕生日なのー、お祝いしてよー」とも言いたいわけではなかった。

 この遠征で我愛羅にもらった物は沢山ある。
一緒に入れるだけでいいのに、それ以上貰うとなんだか罰が当たりそうな気がしたのだ。

「ん、これ」

 机の上にすっと出された小さな小箱。
可愛らしくラッピングしているソレを我愛羅が出したことにサクラは目を丸くする。

「どうしたの、これ?」

 これが一体どうしたのか。
サクラが聞けば、我愛羅は口元に手を当てたあと、ふいっと横を向いた。

「……ぷれぜんとだ……要らんならやらん」

 横を向いた我愛羅は顔を真っ赤にしながら、小さく言葉を放つ。
瞬きをしたサクラは、我愛羅がなにを言っていたのかよくわからず、一瞬頭が真っ白になる。

「いる! いるいる!」
 貰っていいの!? 驚く声を上げ机の上に置いた小箱を片付けようとする我愛羅から奪い取った。

「どうしたの、これ? 買ったの?」

 嬉しそうに、瞳を輝かせるサクラに「買わなければここにない」とツッコんで開けてみろ。と促した。

 パリパリ綺麗にラッピングを剥がし、中に佇む小さな箱。
すこしドキドキしながら箱を開ければ中に入っていた物を見てサクラは声を上げる。

「イヤリング?」

 手に持った小さなイヤリング。
群青色をしたイヤリングは花を模っていた。

「可愛い、何の花?」
「さあ、知らん」

 知らないってどういうことだ。と思いながら手に持っていたイヤリングを我愛羅に取られてしまう。
耳元の髪の毛を掻き上げられ、耳が露になれば我愛羅がサクラの耳朶にイヤリングを付けていく。

 なんとなく、むず痒くて。
小箱に入っている小さなカードを見れば、中に入っていたのは説明書。
 我愛羅につけられている間、話さず、手元を動かして小さな説明書に目を通す。

 群青色をした花はアイリスの花。
記憶を遡り、サクラは親友であるいのの言葉を思い出す。



『二十八日の誕生花って結構あるのよ。ソメイヨシノでしょ、ライラックにツゲ。あ、それとアイリスの花もあるわね!』
『アイリスの花?』
『そうそう! アンタ丁度いいじゃない。アイリスの花とか貰ったら喜びなさい、その相手アンタのこと大切にしてくれるわよ』

 いのの言葉に、そのときは「ふーん」と返したことを覚えている。

(確か、アイリスの花言葉って……)

 なんだったか。と頭を巡り思い出そうとすれば、我愛羅から終わったぞ。と話しかけられる。

 パチリと我愛羅の瞳を見た瞬間に、サクラは思わず息を呑んだ。


 アイリスの花言葉は、あなたを大切にします。


2015.我サク独り祭り
028.その意味は