我サク一家、息子視点
息子=琉珂 娘=沙羅
鼻先を掠めるその花びらは、母上の名前と同じだった。
父上が好きな、花と人の名前。
至極大切にしているのを知っている。
砂隠れには決して根付くことがないはずの木。
両親共に大切にしている温室は、ここだけ別世界のように切り取られている。
「もう桜が咲いてる。今年も木の葉に行けるかな」
ふわりふわりと目の前を舞うのは桜の花びら。
母上が砂隠れに嫁入りする時に、親友であるいのさんから餞別にと貰ったらしい。
なんとも豪快な話である。
「琉珂、なにしてるの? こんなところで」
「母上」
作業着を身に纏い、ホースを持っていた母が温室の奥から姿を現す。
母上の姿を見て「あ」と声を上げる。
「父上が探してたよ」
「あ、嘘! 怒ってた?」
あちゃーと笑う母上に「すごく怒ってた」と悪戯心で言えば、「どうしよう……」と顔を青くしていた。
「なにしたんですか……」
「昨日ちょっと喧嘩したから、寝てる間に落書きしてやったのよ」
カラリと笑う母上に、ああ。父上も大変だな、と心の奥でひそりと思う。
「綺麗だね、桜の木」
まだ蕾も多いけど、懸命に咲こうとしてる命は綺麗だ。
そっと、幹に触れて見上げれば隙間から差す太陽の光が穏やかだった。
「そうね。これは木の葉との友好の証でもあるのよ」
にこりと笑う母上は優しかった。
「そいえばさ、ずっと聞きたかったんだけど……なんで父上と結婚したの? 僕が言うのもあれだけどさ、父上ってちょっとわかりにくいじゃない」
いや、母上を溺愛しているのは傍から見てもわかるのだけれど。
でもあれって、多分母上が父上を好きって言うのがわかるからであって、それがなければ成立してない。
「あはは、わかりにくい?」
「うん、友達も言ってたよ……」
『風影様って優しいけど何考えてるかわかんねぇよな。たまにすげぇ怖い時あるし』
なんてことを言われる事なんて多々あるし。
言われた時なんて、ごもっとも。と言葉を返すしかない。
「そうね、お父さんは感情を隠すのが上手だけどね。でも、あの人は私を愛してくれたし、私が愛する事を受け入れてくれた」
ぱちぱちと瞬きをして母上を見れば、少しだけ頬を紅く染めていた。
「それって……」
「相思相愛ってことよ」
うふふと笑い、母上は両頬を手で覆う。
まさか惚気られるとは思わず、ぐぅの音も出なかった。
「だから貴方達も勿論大切で大好きよ」
頬を撫でてくる母上の手のひらは温かい。
僕が好きな手のひらだ。
「……知ってるよ」
「そう?」
父上も母上もお互いを見詰め合ってるようだけど、キチンとその間に僕らがいる事ぐらい十分理解している。
それが時たま恥ずかしい時だってあるけれど。
「……母上」
「なあに?」
父上も好きだし、母上も好き。
テマリ姉さんも好きだし、カンクロウ叔父さんも好きだ。
勿論沙羅だって大切だし、この里も大切だ。
母上が笑えば、父上が笑う。
父上が笑えばテマリ姉さんも、カンクロウ叔父さんも笑うのを知っている。
「僕等を産んでくれてありがとう。父上を愛してくれてありがとう」
笑って母上に言えば、少しばかり驚いて瞬きを繰り返す。
「誕生日おめでとう」
「……ありがとう」
少しばかり瞳を濡らした母上が「一番乗りね、ありがとう」と笑った。
砂漠に根付いた桜の木は、ただただ優しく微笑んだ。
2015.我サク独り祭り
029.あなたが笑えば