一世一代の決意と言うか、正直SS級任務よりも恐ろしい。
戦場で戦うよりも緊張する。

 まさか自分がこんな事をすることになるとは思いもしなかった。


 ヒラリと揺れる撫子色の髪の毛が、自分の視線を捕らえて離さない。
優しい声色が、心を落ち着かせてくれる。
同じようで違う色の瞳が、綺麗で優しかった。


 情けないとは思うのだ。
今まで色恋沙汰などトンと無くて。夢見る女心など検討つかない。
それでもやっぱり傍に居てくれたのならば。
これから先の未来もきっと楽しいと思えるはずなんだ。


 変だよね、今日。と怪しまれたのは不覚だった。
誰にも気がつかないような微妙な変化に、いつから彼女は気がつくようになったのだろうか。

 木の葉の里に春の訪れを告げるように、桜の花が里を包む。
彼女と同じ名前で、同じ色をしている花びらはとても優しくて綺麗だ。

「やっぱり変よ……今日の我愛羅くん」

 むむむ、と眉間に皺を寄せ腕を組むその姿に、ああ、どれだけ自分はサクラに曝け出しているのかと自答する。

「突然家に来るし……今日会議も何も無かったでしょ? 六代目も特に何も言ってなかったし」

 テーブルを挟んで真正面に座るサクラがやっぱりおかしい。と眉を吊り上げた。

「……私、何かした?」

 不安そうに伺ってくる瞳がゆらりと揺れる。

「違う。そうじゃない……」

 そうじゃない、そうではなくて。
今日は決意そして来たというのに、カラリと乾く喉が少しだけ痛い。
 胡坐を掻いて、膝に乗せていた拳をぐっと握り締める。
不安はあるのだ。
サクラの立場や、里を、仲間を想う気持ちを見てきたのだから。
だからこそ躊躇する。

 視線を上げて、サクラを見れば眉を下げて不安そうにしていた。

「サクラ、」
「なに……?」

 きっと、今迄で一番緊張しているし、なんだったら怖さもある。
色々考えたけれど、結局はサクラが自分の元を離れていくのが怖いだけなのだ。

 テーブルの上に置いている、サクラの左手にそっと手のひらを置く。
ビクリと驚くサクラの顔を見て、一抹の不安が過ぎったがこれ以上離れて過ごすのは御免だった。

「オレは感情を表現するのが苦手だ」
「……うん」

 ぽつりと呟く言葉にサクラは静かに頷いて。
ゆっくりと瞼を閉じて言葉を待つ。

「立場がある事は知っているし、理解してる。お前がどれだけ仲間を想って、里を想っているかも知っているつもりだ」
「うん」

 ゆるりと力が入るサクラの左手。
じわりと柄に無く汗を掻く手のひらが情けない。

「それでも、お前を木の葉隠れの里から引き離して砂隠れに連れて行きたい」

 余裕が無い。
この願いが、想いが届くなんて保障は何処にも無いのだ。

「……オレと結婚してほしい」

 後悔はない。嘘ではないからだ。
どんな事をしてでも連れて行きたいし、傍に居てほしい。
この手を離したくない。

「あと、誕生日おめでとう」

 瞼を上げたサクラの瞳から、はらりと雫が流れ落ちた。

「馬鹿……遅いのよ。どれだけ待ってたと思ってるのよ。あとなんで一緒に誕生日おめでとうって言うわけ」

 もう少しロマンチックに出来なかったの。
なんて言われたけれど、ロマンチックの何たるかがわかっていないオレには無理だと頭を過ぎる。

 こじんまりとしたサクラの部屋の中。
テレビはついていないが、窓の外から行き交う人の声が聞こえてくる。

 ずずっと鼻を啜るサクラの左手を持ち上げる。
懐から取り出した、指輪をそっとサクラの細い薬指に嵌めた。

「普通、箱とかに入れてるんじゃないの?」
「……箱は要らないと思ったから捨てた」

 本当、馬鹿じゃないの! と怒られてしまったがその顔は嬉しそうだったので息をつく。

「産まれてきてくれてありがとう。オレと出会ってくれてありがとう。感謝しても仕切れない」

 白い歯を見せてサクラは笑う。

「最高の誕生日プレゼントだわ」

 笑いながら涙を零すサクラの薬指には、海のように青く輝くアクアマリンが穏やかに輝いていた。


 産まれてくれて、出会ってくれて、
愛してくれてありがとう。


2015.我サク独り祭り
030.願わくば君の隣をどうか