「バレた……というより、もうバラした」
「何を……」
 サクラはいつも思う。
 我愛羅は肝心なところを言わないで焦らすのだ。

「サクラと俺の関係だ」
「はあ……!?」

 色気のない叫び声。
 そうなってしまったのは仕方がないとサクラは思う。
 目の前の男は何を言っているのか。
 砂隠れの長たる我愛羅と同盟国とは言え名も知られていないような忍の自分ではつり合わないと言われるのがオチだ。
「どうして……!」
 考えなしに軽率な行動をするような男ではないとサクラは理解しているが如何せんいつも言葉が足りないのだ。

「お前を欲しがっているのは俺だけじゃない」
「なによ、ソレ」
 そんな話ははじめて聞いたし、例え他の男に言い寄られようともこんなにも愛しているのは目の前の男ただ一人というのに。
 色んな事が信じられなくてサクラは眉間に皺を寄せる。

 自分は他の男に言い寄られれば、ほいほい付いて行く尻軽女だと思われているのか。
 
「私、尻軽じゃないわよ」
「何を言っている、お前の尻は軽くない」
 我愛羅の物言いは何か違うものを感じさせほんの少しだけサクラはカチンときた。

「大体、何で言ってくれないのよ……」
 サクラの言葉に口を閉ざしてしまった我愛羅。
 自身のプライドやら面目やら色んな事を考えたが、一番怖かったのはサクラが納得して自ら自分の元から離れていく事だった。



 上役達から散々、嫁を貰えや、自分達の娘を嫁に迎えさせよう等言われ、
誰かが「木の葉から今来ている使節団の娘はどうだ」と発言した際に、
「木の葉の忍びは駄目だ。それに聞いたところあの娘は特殊な一族でもない一般の娘だ!気高い砂の血が穢れる!」
などと言い放ったのだ。

 ソレは我愛羅の気分を害するには十分だった。

『サクラを越える女を連れて来てみろ』
 我愛羅がつい言い放ってしまった言葉。
 言った後で後悔はしたが、我愛羅にとってそんな女が居ない事は自分自身が知っている。

 たとえどんなに絶世の美女を連れてこられようが、どんなに気立てのよい娘を連れてこようが、
どんなにスタイルがいい女性を連れてこられようが、我愛羅にとってサクラ以上の女はいないのだ。

 今思えば、我愛羅の周りでは「風影」と婚姻させよう。風影の血筋を残そうという動きがあったのであろう。
 誰一人として、我愛羅を我愛羅本人として見ていないというのに。
 真正面から、影でもなく血筋も関係なくただ、一人の人間として笑いながら「我愛羅君!」と呼ぶのがサクラだけだったのだ。

 我愛羅は色々考え口を開いた。
「お前に心配掛けたくなかった」
 ソレは嘘ではない。
 決して言えなかった訳ではない。サクラ以上の女を連れて来いなどと言った事が恥かしかったわけではないと我愛羅は自分自身に言い聞かせた。

「我愛羅君……」
 少し、恥かしそうに視線を逸らすサクラ。
 内心ニヤリと笑いながら平気な顔でサクラの額や目尻に口付けをしていく。

「俺は、お前がいい」
 結局、最後には流されてしまうのだ。
 我愛羅はサクラが望む甘い言葉をくれる。

「私も、我愛羅君がいい。他の人は嫌。我愛羅君の隣に他の女の人が立つのは嫌」
 じわりと潤んだ瞳で言われ我愛羅は心臓が止まるかと思ってしまう。
「無論だ」

 サクラの体内にある自分自身がもっとサクラを、と欲している事に我愛羅自身内心笑った。
 もっと、と無言で求めるサクラに答えるように我愛羅はどろどろにサクラを甘やかした。





 ***




「昨夜はお楽しみだったようですな」
 執務室に入ってきた男はにやにや笑いながら開口一番にその言葉を放った。
 椅子に座り書類整理をしていた我愛羅は書類から視線を離さず男の言葉に答える。
「覗き見とは趣味が悪いな」
「いやいや、何をおっしゃいます……まさに見せ付けるようにしていたではないですか」
 にやにやと笑う目の前の男に、ジロリと睨みつける。

 男は一瞬、心臓がヒヤリと冷えたが言葉を続けた。

「そんなにあの娘がいいんですかな? まぁ、確かに体の具合はよさそうですが」

 ダン!
 男の無遠慮な発言に我愛羅は持っていたペンを机に置き、ゆらりと立ち上がる。

「俺が、お前のしている事を知らぬとでも思っているか」
「うぐっ……!」
 それは男への警告。
 幼少期から落ち着いたとは言え、根本的なところでは我愛羅は変わってはおらず、 大切なものを傷つけると言うのならば容赦はない。
 いつだって非常になれるのだ。

 男が目を凝らし気がついたときには、ざわざわと室内を飛び交う砂の粒子が蔓延していた。
 一歩下がった男は自分の仕出かしていた事の重大さに気がついたのだ。

 我愛羅を怒らせるという事がどう言う事かというのを。
 ゴクリと息を飲み込めば喉がカラカラになる男。
 砂の粒子が自分の足元に集まっているのに男の心臓はドクリドクリと警告を鳴らしていた。

「もう一度だけ言う、これ以上サクラの周りをうろつくな」
 男への最終宣告。
 男の浅はかな考えなど我愛羅には手に取るように理解していた。
 自分の娘を風影である我愛羅の嫁とし、大名にまで取り入ろうとしていたのだ。
 自分が、上へとのし上がる為だけに。

 ジャリっと足元から聞こえる素直と。
 ジワリジワリと命が削られる。
 男はそう思ったが我愛羅に睨まれ動く事すらできなかった。
 まるで、蛇に睨まれた蛙だ。


 コンコン
 緊迫する室内に聞こえた音。

「我愛羅、入るよ」
 聞こえた声に我愛羅は「入れ」と少し大きな声で言葉を吐く。

「我愛羅、サクラを……ん、アンタは……」
「どうしたテマリ」
 ガチャリと扉を開け姿を見せたのは我愛羅の姉と兄であるテマリとカンクロウ。
 二人の後ろに、サクラが居た。

 テマリは腰に手を当てジッと男を見て何かを言いたそうだった。

「わ、私は失礼する!」
 男は立ち去るのは今しかないと思い足早に執務室の出入り口に向かう。
 男から顔を背けるように床を見ていたサクラ。

 男はサクラに気がつき態とぶつかった。

「わっ!」
「邪魔だ!」
 ドンっ! とぶつかられサクラがよろめくのをテマリが支える。
「おい! 待つじゃん!!」
 カンクロウの言葉を無視し、男は立ち去ってしまった。

「カンクロウ、放っておけ」
「だけど!」
 お前自分の彼女があんな扱いされていいのか! と声を上げて言おうかと思ったが我愛羅の瞳を見た瞬間ヒヤリとした。

「今の男だな、我愛羅」
「ああ」
 テマリが手に持っていた書類を見ながら我愛羅に言う。
「え、何のことじゃん」
「何のことですか?」
 カンクロウとサクラがテマリと我愛羅を見ながら首を傾げた。

「大名が上役を通さず直々に俺に依頼をしてきた。上役の一人である男の素行調査をしてくれと」
 我愛羅は、椅子に座り机の上に置いてある書類を一枚取り出す。

「砂隠れとの国境にある小さな町や村を含め、最近薬物の使用が異様に目立つという事と、
あの男が大名に取り入ろうとし、自分の娘を大名に献上しようとしたそうだ」
「はぁ? そんなの俺聞いてないじゃん」
 我愛羅の報告にカンクロウは顔を歪める。
「アンタはすぐ口を滑らすだろう」
「うぐ……!」
 テマリの言葉にぐぅの音も出ないカンクロウは黙り込んでしまった。

「娘って……」
 今まで口を挟まなかったサクラがポツリと呟いた。
「……娘とは名ばかりだ。近隣の町や村で攫った女性達だ。行方不明者も数多く出ている事が報告に上がっている。
あの男は近隣の町から娘達を攫い、薬漬けにしてまるで人形のように扱っていると報告があった」
 我愛羅の言葉にサクラは唇を噛み締めた。
 あの男は女性をなんだと思っているのか、あの男の道具ではないとサクラは叫びたかった。

「っ……ていうか我愛羅君知ってたの!? あの男が……!」
 今までの我愛羅達の話を聞いてサクラは思わず声をあげる。
 あの男が自分になんと言ってきていたのか。
 今回の砂隠れへの遠征期間、ほぼ毎日のようにねちっこく自分に言ってくる悪意のある言葉にどれ程自分の心が磨り減っていたのか。

「だから毎日のようにお前の所に行ってただろう」
 しれっという我愛羅の言葉に、あぐあぐと口を動かし、サクラは頬を真っ赤に染めた。
 ただ、体を重ねる事が目的ではなかったのか。
 知らず知らずのうちに相手の尻尾を掴む為に利用されながらも守られていたのかという事実に
怒ればいいのか、嘆けばいいのか、はたまた喜べばいのかサクラは分からなかった。

「言ってくれればよかったじゃない。そしたらちゃんと協力したわよ」
 その言葉に今度は我愛羅が眉間に皺を寄せた。

 サクラがそう言うのが分かっていたから我愛羅は伏せていたのだ。
 利用するようで心苦しかった事もあったが、サクラが危険を顧みずに相手の懐に飛び込んでいくのが容易に想像できたからだ。
 腕利きの医療忍者であるから薬への耐性はあるかもしれない。
 だが万が一、今回蔓延していた薬の被害に合うかもしれないと思ったら秘密裏に事を進めると判断したのだ。

 考えあぐねいたが、サクラにどう言おうか迷った我愛羅はふいっと顔を背けてしまった。

「我愛羅君!」
 むっと頬を膨らませたサクラは少し強く名を呼ぶ。
「はいはい、いちゃつくのはその辺にしておきな。我愛羅、この件大名への報告と見つかった娘達の保護、
あの男の上役としての役職の剥奪、こちらで進めていくが構わないね」
「ああ、既に大名には簡易報告はしている。後の手続きは任せた」
「了解した」
 テマリは我愛羅との用事を済ませるとサクラの頭をぽんぽんと軽く撫でた。

「サクラ、そう責めてやるな。ああ見えて不安がってたんだよ」
「テマリ!」
 サクラの耳元で囁くテマリに我愛羅は声を上げた。

「はいはい、じゃぁ邪魔者はさっさと退散するよ。ほら! カンクロウ行くよ!」
「へ、あ? 何だ終わったのか!?」
「とっくに終わった! ボサっとするんじゃないよ!」

 騒がしく執務室から出て行く二人の背中を我愛羅とサクラは見届けた。
 バタンと扉が閉まる音。



 シン……と室内に広がる一瞬の沈黙。
 くるりと振り返り先に行動を起こしたのはサクラ。


「我愛羅君」
 サクラは机の前に立ち、掌を差し出した。
 その掌を我愛羅は無言で掴んだ。

「これからも、隣に居ていい?」
「無論だ。お前以外考えてない」
 
 我愛羅の言葉に、サクラは眉を下げ笑った。

「ありがとう」
 笑うサクラの顔を見て、我愛羅はやはりサクラ以外考えられないと改めて思った。






愛するという事、それ即ち 
2014.06.08