穏やかな午後の執務室。
 大量の書類と睨み合いをしていた我愛羅は、終わらない書類整理に溜息を吐く。
 ペラリと積み重なる書類を一枚手に取り、背凭れに体を預けた。

「ん……木の葉から使節団」
 お知らせと称して書かれていた事項に見知った名前を見つけ、字を追っていた目は思わず止まる。
「……春野、サクラ」
 ぽつりと呟いた声は思いの外部屋の中で木霊する。
 いつもと違う、黒の髪と黒の瞳が肌の白さを強調させた。
 滑らかな肌の柔らかさに甘い声。
 暫く忘れそうにない記憶に少しだけ体が熱くなったのは気が付かないフリをする。

 コンコン

 聞こえたのは扉を叩く音。
 こちらが返事をする前に遠慮なくガチャリと扉が開かれる。
「我愛羅、木の葉から医療使節団が来てくれたぞ」
 目の前に現れたのはテマリの姿。
 その背後に見えた薄紅色に表情には出さなかったが、内心慌てていた。
「お久しぶりです。明日からですが数日よろしくお願いします」
 きゅっと口元を引き上げ笑ったのは、サクラだった。
 新緑のような瞳が優しく動いたのを見逃さなかった。

「じゃあ、悪いけど私はもう行くよ」
「あ、はい。有難うございました。また後で」
 サクラの返答に「ああ、夜ご飯を一緒に行こう」と言い残し執務室から足早に出て行った。

 パタンと聞こえた扉が閉まる音。
 少しの間、サクラは閉まった扉を見ていたサクラの背中をぼんやりと眺めていた。

 ゆっくりと薄紅色の髪がサラリと動くのに、一瞬だが息が止まった。

「我愛羅君、久しぶり」
 少しだけどこかぎこちなく笑うサクラに、我愛羅も気まずさに短く「ああ」と返事を返す。
 流れる沈黙。
 気まずさを誤魔化すようにサクラが頬を掻いた。

「えっと……あ、逢いたかった」
 思わず目を見開いて、ガタリと椅子から立ち上がる。
 顔色一つ変えずに近づく我愛羅に、サクラは焦る。
 
 ゆっくりと手を伸ばしサクラの掌を握り締め、珍しく少し言い淀む我愛羅にサクラはどうしたのかと視線をあげた。
「……俺も、逢いたかった」
 その言葉に大きな瞳を更に大きくし、呼吸をしたサクラだが視線をさ迷わせ握り締められている掌を見た。
「が、が…我愛羅君!」
「なんだ」
 我愛羅の傷一つない手を見ながら言葉を紡ぐ。

「私の事……好きなの?」
 その言葉に、いままでサクラの掌をやわやわと揉んでいた我愛羅がピタリと止まる。
「……好きじゃなければ抱いたりしない」
 我愛羅は眉間に皺を寄せ少し不機嫌そうに表情を崩したが、胸に飛び込んできた邀撃に息を小さく吐いた。

 今まで、誰かに抱きしめられる感覚はあっただろうか。
 そんなことを思いサクラの背中に腕を回した。

 柔らかく、甘く香る花の香り。
 薄紅色の髪に顔を埋め、壊れぬようにと、抱きしめていた腕に少しだけ力を込めた。


 心が震えるとはこういう感覚なのか。
 誰かを好きになり、誰かを愛し、失う恐怖は計り知れない。
 そっと、目を閉じて腕の中にある温もりを我愛羅は誰にも渡したくないと願う。


 遅咲きの初恋は夏が終わる直前に花を咲かせた。