ギシリと沈む布団。
布団の上から軽く撫でられじわりと更に目の前が霞んでしまう。
この温かさも、優しさも甘いほどの香りも忘れられる筈もないのだ。
「サクラ」
耳に届く優しい声。
怒ればいいのに、柄にも無く怒鳴って怒ってしまえばいいのに。
我儘で、我愛羅を困らせるだけの自分がサクラは嫌いだった。
我愛羅に名を呼ばれれば呼ばれるほどあわせる顔なんてないのだというように布団を掴み更に丸くなる。
それを見て我愛羅は口元を少し引いて、ムッとした。
「サクラ」
顔を出そうとしないサクラの名を少し強く呼び、べりっと布団を引き剥がした。
思わず驚いた表情を見せたサクラは我愛羅と視線が合ってしまう。
翡翠色をした大きな瞳から頬を伝って流れた涙で顔はぐしゃぐしゃに汚れ髪の毛だってぼさぼさだった。
それでも我愛羅はサクラが愛おしいと思う。
涙腺が決壊してしまったのか、我愛羅の顔を見たサクラは目が溶けて無くなってしまうのではないかと言うぐらいに涙を溢した。
「何で、ここにっ……い、いるの、よぉ……!!」
喉をひくつかせ苦しそうに泣くサクラの頬を少し荒く我愛羅は自分の袖で拭う。
「迎えに来た」
「な、んでよ……!」
「……なんでと言われても」
そりゃ迎えに来るだろうとしか思わなかった我愛羅だったがサクラの言葉に耳を疑った。
「我愛羅君、私が必要な……いって言った!」
「言ってない!」
間髪入れずに反論した我愛羅は、目の前でわんわん泣いてしまったサクラに何がどうしてこうなったのか頭の中で考えた。
「言ったじゃない! 任務に出さないって! 家に居ろって言ったじゃない……!」
子供のようにぼろぼろと涙を溢すサクラに、ほとほと困った我愛羅はただ涙を拭うしかなかった。
サクラと名前を呼ぼうとしたが嗚咽が止まらないサクラの背中を優しく撫でた。
「わ、私……が、我愛羅君にも、必要されなかったらっ、どうしたらいいの……!」
涙と共に溢れた本音。
布団のシーツを握り締め、ぐっと歯を食いしばるサクラの心は泣けば泣くほど枯れていく。
どうしてこうなってしまったのか、私の何がいけなかったのか。
結局自分が弱いことが原因だと思考を廻らせれ、強くなれなかった自分がいけないのだと結論付けた。
強くなりたかった。共に戦いたかった。
いつだって守られるだけの存在じゃなくて守りたかった。
守られるだけの足手纏いなら要らない。
こんな自分なんて要らない。
要らないのだ、自分など。
「サクラ」
サクラの名を呼び抱きしめた我愛羅の声は少しだけ、震えていた。
このまま、サクラが消えてしまいそうで我愛羅は怖かったのだ。
いつも太陽のようにからりと笑って、我愛羅を包み込むようなサクラの姿は微塵もなかった。
そこに居たのは、ただ足掻き苦しんで、それでも必死で戦ってきた一人の女性だった。
「違う、違うんだサクラ。お前を必要としなくなったわけじゃない」
失いたくなかっただけだ。
抱きしめられたままのサクラにすら微かに聞こえるような声でぽつりと呟いた我愛羅。
微かに聞こえたその言葉にサクラは我愛羅の胸に顔を埋めて泣いた。
「……わかんないわよ」
「これでも、努力はしてる方だ……」
ずっ、と鼻を啜ったサクラの言葉に我愛羅はサクラの背中を軽く叩いて呼吸を落ち着かせた。
サクラの呼吸が整ってきたのを見計らい、我愛羅は右手でサクラの頬を撫で、涙で濡れた頬をべろりと舐めた。
「っ……!」
びくりと肩を震わせたサクラは気にせず頬から目尻、瞼を噛む様に舐められサクラはこのまま食べられてしまうのではないかと錯覚する。
視線をゆるりと上げ、我愛羅を見ればカチリと視線が合わさった。
「我愛羅君の馬鹿!」
「何とでもいえ」
顔を真っ赤にしたサクラは声を上げる。
「信じらんない! 何盛ってんのよ!!」
「お前が悪い!」
「何でよ!!」
「俺が我慢出来るわけないだろう」
もう一度、信じられない! と叫ぼうとしたサクラだったがその言葉は我愛羅の口の中に消えてしまった。
結局の所、我愛羅はサクラを必要とし、サクラは我愛羅に必要とされたかった。
ただ、それだけの事なのだ
くわーと大きな口をあけて欠伸を一つ。
ゴロゴロとしていた九尾である九喇嘛は目の前の狸に話しかけた。
「で、結局喧嘩の原因ってのはなんだったんだ」
「んあー?」
仰向けになり自分の腹を軽く叩いている守鶴は間の抜けた返事を返す。
「あー……互いに自分のエゴを押し付けたからじゃねぇの?」
「なんだそれ」
「こっちからしたら大した事じゃなくても当人達にとっちゃ一大事なんだろよ……
よく言うだろうが、夫婦喧嘩は犬も食わないってな」
クツクツ腹を揺らしてと笑う守鶴を見て九喇嘛はもう一度だけ欠伸をした。
エゴイストシンドローム
2014.06.20