公務が終わった我愛羅は院内を歩いていた。
自分の信じた道を真っ直ぐ見据えてきた。
里を変えたいと思い、自分のような子供達を作らないためにと。
だが、結果として子供達を救えているのだろうか。
昨日の昼間、里内で子供が何者かに刺されたと通達が入り我愛羅は心が痛んだ。
また、助けられず尽きていく命があるのか、と。
何度心の中ですまない。と謝っても消えていた命が戻るはずも無い。
すぐさまその足で子供が運ばれた病院に向かえば深刻な顔をした医忍達を見た。
運ばれた子供はどうなった、と問えば神妙な顔をした医忍達が答える前に緊急治療室の扉が開いたのだ。
「我愛羅くん! どうしたの!」
心底驚いた表情のサクラに子供が運ばれたと聞いた、どうなった。と聞けばサクラは笑って答えた。
「大丈夫、手術は成功よ! じきに目を覚ますわ!」
満面の笑みを浮かべたサクラに、いい意味で裏切ってくれる。と感謝すればすんなりと「ありがとう」と言っていた。
子供が何かを知っている。
そう思ったのもあったが、ただただ我愛羅は無事だと聞いた子供の顔を見たかった。
我愛羅は一度大きく息を吐き足を進める。
目的の病室のドアノブに触れようとしたが思わず、その手を止めてしまった。
「ねぇ、お姉ちゃん」
カサリと擦れる真っ白いシーツ。
サクラは少年の隣に椅子を置き腰を下ろして、少年の額を優しく撫でた。
「どうしたの?」
幼い純粋な瞳がサクラを見上げる。
「僕等は、いなくなったほうがいいのかなぁ……」
呟くような少年の言葉にサクラは眉を八の字にして少年の頭を撫で続ける。
「どうして?」
少しだけ視線をさ迷わせ、少年はぐっと幼い掌を握り締める。
「だって、僕らって里にとって要らない存在なんじゃないかなあ……」
少年の言葉にサクラは目の奥が熱くなる。
一度瞬きをした後にもう一度「どうして?」と問いかけた。
「だってね、僕らが居なくなれば風影様もね、困らないと思うんだ。
いつも気にして、国の偉い人と対立してるのを僕ら知ってるんだよ。
国の大人達がねお前達さえ居なくなれば風の国はもっと綺麗になるって……」
年端もいかぬ子供に、何故そんな事が言えるのだろうか。
悲しみを帯びていない少年の瞳を見てサクラはほんの少し下唇を噛んだ。
「風影は……」
「え」
「風影がそんな事を言ったわけじゃないでしょう?」
「風影様は言わないよ! だって、だって僕らを守ってくれるのは風影様だけだもん」
勢いよく起き上がった少年の瞳がゆらりと揺れる。
その瞳は、どうすればいいか分からない、誰の言葉を信じていいか分からないと訴えかけているようだった。
「だったら、風影様を信じましょう」
トンっとサクラは人差し指を少年の胸に当てる。
「信じてるんでしょ。彼は貴方達を見捨てないわ」
「でも……」
俯く少年にサクラはにこりと笑う。
「貴方達を守るために彼は戦っているのよ。彼は痛みを悲しみを知っているわ。
苦しみを知っているわ、だけど切り開く力を持っているのよ」
視線をさ迷わせ、覗き見る様に少年は瞳をサクラに向ける。
「僕等は迷惑じゃない?」
「勿論! 迷惑だと思っていればとっくの昔にあなた達はこの世に居ないわよ」
にーっと悪戯っぽく笑うサクラに少年は目を丸くした。
「じゃあ、どうすれば役に立てる? 僕らどうすれば風影様の役に立てる?」
ぎゅっと眉間に皺を入れサクラにどうすればいい? とサクラの腕を掴んだ。
「笑ってやればいいのよ!」
「……笑う?」
ことりと首を傾げる少年にサクラは、うん! と頷いた。
「そう、風影の前で笑うだけでいいのよ。それだけであの人元気が出るもの」
「笑えない時は……?」
「泣けばいいわよ」
「じゃあ泣けない時は!?」
「怒ればいいのよ」
「じゃぁ、苦しい時は……!」
少年の瞳が濡れるのを見てサクラは頭を軽く撫でた。
「"助けて"って、腕を伸ばしていいのよ」
はらりと少年の瞳から零れた涙。
少年が腕を伸ばしてサクラの胸に抱きつけばわんわんと涙を零しながら泣きじゃくった。
「僕らっ……ゴミのような存在じゃないよ!っ……いき、てるんだ……!」
「うん、そうだね」
もう一度、そうだね。と言ったサクラの瞳から涙が一滴零れ落ちた。
気配を消していた我愛羅は、結局ドアノブに手を掛ける事も無く拳を握り締め病室を後にする。
少年にもサクラにもどう言えばいいか分からなかったし、どんな顔をすればいいか分からなかった。
ただ、守るべき存在で守りたいと思ったのは確かで。
誰かの為に泣ける彼女を欲しいと思ってしまった。
6:一陽来復 了 →