一歩、一歩近づいていた不穏の音に気がついたときには、もう遅いのだ。
気づいた時にはもう、真後ろまで包囲されている。
「サクラ、サクラ! 次はあそこを見てまわるぞ!」
「ちょっと、あまり離れないで下さい!」
砂隠れの大きな市場。
里外から旅商人達が月に数回物品市場を開催する。
その賑やかさに目を爛々と輝かせた少女は、護られる立場と言うことを忘れスタスタと歩いてまわる。
「元気じゃん、相変わらず」
「カンクロウ、口を慎め。お前は姫に対して態度が過ぎるぞ」
少女の後を追うサクラとその後ろにテマリとカンクロウ。
そして市場を見回る暗部と忍達。
色んなものがあり、確かに目移りするな。
そう思いながらも、少女の手を掴み離れぬように手を握れば、ムスリとした声色で少女は離せとサクラに言う。
「姫が勝手に何処かに行かなければ離しますー」
「うぬぬ…」
この市場の賑わいに少女が大人しくしているはずもない。
だったら強制的にこうするしかないだろうと納得させる。
「あ、サクラ姉ちゃん! こっちに来てたの!?」
「あら、久しぶりね。元気にしてた?」
突然名を呼ばれ振り向くと、市場で買い物をしていた幼い女の子と歯の欠けた少年がいた。
「うん、元気だよ。あれからまた人数が増えたんだ」
「そうなの。妹と弟が出来たの」
皆仲良しだよ!と嬉しそうに笑う女の子にサクラは、そう、良かったわ。と頭を撫でた。
繋いでいた手がきゅっと握り締められたと思えば、少女が硬い顔をし少年と女の子を見ていたのだ。
「どうしました?」
「あ、いや……」
少女にとって同い年位の子供と会うのは殆ど無かった為どう接したらいいか分からなかった。
「初めまして! サクラお姉ちゃんとお友達なの! よろしくね!」
にこりと無垢な笑顔を向ける女の子に少女は戸惑う。
少女に首をかしげた女の子が手を差し出したのを見て、少年がやんわりとその手を遮った。
「駄目だよ、さっき泥を扱っただろ」
やんわりと遮った少年は困った顔で少女を見る。
明らかに身分が自分達とは違う少女。
みすぼらしい格好をした自分達と、綺麗な着物を身に纏っている少女。
少年は咄嗟に"汚してはいけない"と思ったのだ。
「み、見くびるでないぞ……!!」
「え?」
突然大きな声を出す少女に少年は声を出す。
少女は、少年の意図が分かり憤慨した。
「同じ国に生きる者!何が汚い事があると言うのじゃ!!」
ん! と腕を出した少女に今度はは少年が戸惑った。
手を見つめる少年の煮えきらない態度に少女は自ら、少年のてを掴み、握手をする。
「よろしく!」
「う、うん……」
戸惑う少年の隣で、手を拭いたからお姉ちゃんわたしもー。と女の子が手を上げていた。
何とも言えない、微笑ましい光景にサクラはにこりと笑う。
ああ、こんな風に誰かの手を自分から引っ張るだなんて、ただ脱帽する。
ここから縁があって、絆が出きるのかもしれない。
未来を生きる子供達が協力し合うのかもしれない。
正しいかどうかは分からないが少女の母が望んでいたのはもしかすると、こう言うことなのかもしれないな。とぼんやりとサクラは考えた。
「どうしたんだサクラ」
「あ、いえ」
くすりと笑うサクラに後を追ってきたテマリは言葉を投げ掛ける。
じゃあね、今度遊ぼう。と女の子の言葉に、絶対じゃぞ! と少女が返した所で二人と別れた。
「なんだ、友達でも出来たのか?」
「……とも、だち」
カンクロウが聞けば、何処と無く嬉しそうに友達、と少女は呟き頬を染めた。
その様子に、サクラとテマリは顔を見合わせ笑い合う。
穏やかな、とても穏やかな時間が流れていく。
「そこのお嬢さん」
「ん?」
背後から聞こえた声に振り返れば、そこに居たのはシートを広げ、地面に座り込んだ商人の男。
フードを深く被っていた為顔は見えなかった。
「どうですかお一つ」
「なんじゃこれは……」
少女が覗き込めば、そこに並ぶのは珍しい工芸品。
ふーん、と少女が声を上げたその瞬間、市場の南側入り口と西側入り口でドン!! と大きな爆発がした。
「なんだ!」
「警護は何してる……! 様子を見てくる」
「カンクロウ!」
爆発音がした方角から逃げるように流れてくる人。
人ごみを掻き分け、南側入り口に向かうカンクロウ。暗部の一人がテマリに耳打ちする。
「サクラ」
「はい!」
砂の忍ではないため、情報が直接入ってこないのがもどかしく感じるがサクラはテマリの言葉を待つ。
「お前と姫は風影の塔に急いで向かえ、護衛を割かねばならん」
「そんなに酷い状況なんですか」
「ああ、思ったよりな。現在マツリ達医療班が駆けつけているが死傷者の数が多いらしい。私も今から西側入り口に向かう」
鉄扇の縁を撫で、テマリは煙が上がる西側入り口を眺めた。
「……分かりました、お気をつけて」
「ああ、お前も急いで戻れよ」
テマリが駆けていく背中を見つめ、サクラは少女と繋いだ手をしっかりと握り締める。
遠くで聞こえる悲鳴に怒声。
もう一度、両入り口で爆発が起こり更に煙が上がる。
「サクラ……」
不安そうな少女はサクラの手を握る更に硬く握り締めた。
「戻りましょう、ここに居たら危ないもの」
コクリと頷く少女を見て、この騒ぎに微動だにしない商人の男に視線を向けた。
「アナタもここから離れたほうがいいと思います。何があるか危険ですし」
怪訝な表情のサクラは、男がのんびりとしているのを見て疑問に思う。
何かが、おかしい。
そう思ったときにはもう、遅かった。
フードの下でピエロの面が、薄気味悪く笑っていた。
流れる人ごみ。叫びながら逃げる人々。
その中にサクラと少女の姿は、何処を探しても見当たらなかった。
4:近からず、遠からず 了