ふらふらと、力なく玄関の鍵を開け篭る声で「ただいま」と一言。
寝静まった家族を起こさぬように静かに玄関の鍵を閉め靴を脱ぎ捨てる。

 つかれた、しんどい。

 頭の中で駆け巡る言葉に、更に心が疲れていく。
ああ、だめだ、おなか減った。でも眠い。

 明かりも点けずリビングに向かい、倒れこむように寝転べば
ものの数秒で深い眠りに落ちてしまった。

「……サクラ、お帰り」

 優しく紡がれる声は聞こえなかった。


***


 ガチャン! と聞こえた陶器が擦れる音。
思わず身体を起こして辺りを見渡す。

「あれ……?」

 瞬きを数回し、目元を擦る。
手のひらに触れた柔らかいものが、布団のシーツだと理解する。

「確か、ソファで……」

 寝ていたはずだ。
そう考え首を傾げたが、リビングから「あー!!」と叫び声にサクラは慌てて布団から飛び出した。


「父上様! どうしよう焦げちゃった!」
「これぐらい大丈夫だ」

 お玉を手に持ち、我愛羅とサクラの息子である琉珂が不安そうな視線で我愛羅に助けを求める。
身長が足りず台に乗り、コンロの前に立つ琉珂の上から覗き込んだ我愛羅はなべの中を覗きこみ大丈夫と琉珂の頭を無造作に撫でる。

「きょうはおかあさまのひなのよ〜、かわいくかわいくかざるのよ〜」

 独特な歌を口ずさむ沙羅はテーブルの上に家族分のスプーンを置き、
一輪挿しに入れたカーネーションを椅子に乗りながらテーブルの真ん中にコトリと置く。

 そんな妙な光景に、サクラは寝起きでぼさぼさの髪を直す事もなく呆然と見ていた。

「あ、母上様、おはようございます!」

 琉珂に続いて「おかあさま、おはよう!」と沙羅も元気に挨拶をする。

「お、おはよう、これは……」

 二人に返事をし、我愛羅に視線を向ければ柔らかく微笑んでいた。

「今日は、母の日だからな。顔を洗って、シャワーでも浴びて来い。その間に出来るだろう」

 サクラのこめかみに唇を落とし、我愛羅は促す。
両親の行動に目元を細め、溜息を吐いた琉珂は鍋の火を少し弱めた。

「母上様!」
「おかあさま!」

 二人の子供に呼ばれたサクラは、首を傾げ我愛羅の肩口から顔を見せる。

「「いつもありがとうございます!」」

 疲れた心がじわりと癒されるのを感じ、サクラは笑顔を見せた。

「ありがとう、ふたりとも!」

 最高の子供達だわ!

 太陽が昇ったお昼時、穏やかな笑い声が聞こえていた。



2015.5.11 母の日
ありがとう。