日が沈み、肌寒くなる時間。
アカデミー生達の声が元気な声が少し遠くで聞こえる。
元気だな。
聞こえる笑い声にすこしだけ目尻を緩めた我愛羅が心の中で呟けば、
その声が聞こえていたのかアカデミー生が我愛羅に気付き、わっと声を上げた。
「風影さま!!」
「こんばんわ!」
「きょうは一人なんですか」
「僕ね! 僕ね! 火遁が使えるようになったんだよ!」
わらわらと周りを取り囲む幼いアカデミー生に視線を合わせる為、我愛羅は膝を曲げ
一人一人に丁寧に、こんばんは。これから帰るだけだから護衛はつけていない。今度火遁を見せてもらおうか。
返事をし、火遁が使えるようになったと告げた少年の頭を撫でれば、えへへと照れ臭そうに笑う。
「こらー、お前達ー! 風影様にご迷惑になるだろう!」
慌てて走ってきたアカデミー教師が我愛羅に向かって頭を下げる。
「いい、気にするな」
「しかしですね……!
我愛羅の返答にアカデミー教師は言葉を続けようとしたが生徒達が笑う。
「先生気にしすぎー!」
「風影様は先生と違ってこれぐらいじゃ怒らないんだよー!」
「なんだと! お前達!」
けらけら笑い我愛羅の周りを走る生徒達に教師はぐぬぬと表情を歪ませた。
平和だな。
教師と生徒のやり取りを見届けていた我愛羅が目元を少し細めると、ぐいぐいと服の裾を引っ張られ視線を下へと落とす。
「どうした……?」
一番最初に我愛羅に気がついた少女が、じっと我愛羅を見つめていた。
「きょうは、サクラ様居ないんですか?」
少し舌足らずな言葉で我愛羅に問う少女に肩膝を地面に付け視線を合わせて、コクリと頷いた。
「ああ、今日はお休みだ」
その言葉に、しゅんとしたように眉を下げる少女に我愛羅は聞く。
「……サクラが好きか?」
パッと顔を上げ少女は満面の笑みで「うん!」と頷く。
「あのね! あのね! この前こけたときにサクラ様がお怪我治してくれたの!」
至極嬉しそうにあの時のサクラが優しかったし、綺麗だった。
どれだけ自分がサクラの事を大好きなのか小さい体で手をバタバタと動かし表現しようとしている。
「あー! ずるいぞ! それだったら俺だって!」
「何言ってんだよ、サクラ様は風影様のだから好きになっちゃダメなんだぞ!」
「ちがうのよ。あこがれるのはいいのよ」
教師に捕まっていた少年達が目の前の少女より、自分の方がサクラが好きだと公言すれば
もう一人の少年がダメだといい、サクラが好きだと体で表現していた少女が恋愛じゃなければいいと少年達を諭す。
その光景に少し目を見開いた我愛羅に「ライバルが出てきましたね」と教師が笑う。
「まったくだ。手強いライバルだな」
そう言って我愛羅は少しだけ困ったようにクツリと笑った。
「あ、お帰りなさい」
自宅の玄関を開け一番に言われた言葉。
そのまま立ち止まっているとクイっと首を傾げサクラが我愛羅を見上げた。
「どうしたの?」
サクラのその言葉に返事はせずにゆっくりと手を伸ばしてぎゅうっと抱きしめた。
髪を結び露になった項に少し目を細め、サクラの肩口に顔を埋める。
鼻先に香る夕飯の匂いと抱きしめたサクラの甘い香り。
「幸せだと、思ってな」
「あら、今頃? 私はもうずっと前から幸せよ」
肩を揺らし、あははと声をあげて笑うサクラに我愛羅は口元を少しだけ引き上げて笑った。
「今日、ライバル宣言をされた」
「何処の誰に?」
我愛羅の上着を受け取りサクラが問えば、手強い奴だ。と楽しそうに言葉を返す。
ん? とサクラは少々疑問に思ったが我愛羅が楽しそうだからまあいいか。と納得し受け取った上着をハンガーに掛けた。
「先にご飯? お風呂?」
「風呂に入る……一緒に入るか?」
顎に手を当て我愛羅が何を考えているのかと思ったサクラだったが、悪戯を思いついたような我愛羅の表情を見て少しばかり目を見開いた。
「一緒に入りません! ほら、お風呂沸かしてるから早く行って!」
「ああ、わかった。わかった」
顔を赤く染めたサクラにぐいぐいと背中を押され大対所に押し込まれた我愛羅はポイポイと服を脱ぎ捨てる。
一日の汚れを落とし、姿勢を悪く湯船に浸かり天井を見上げて息を吐いた。
じわりと、ほんの少しだけ目頭が熱くなるのは少々逆上せたからだと自分に言い訳をする。
ああ、自分はなんて幸せなんだろうか。
胸に落ちる穏やかさに我愛羅はただ、ただ感謝した。
とある一日。
2014.08.22