しんしんと降り続くそれは少し寂しくて、だけど何処か神秘的で美しい。
 遠く離れた想い人は立場上忙しい。

「うーん、今日も疲れたー!」
 ぐーっと背凭れに体重を預け、背筋を伸ばすサクラ。
「サクラ、今日はもう帰りな」
「師匠!」
 研究室の一室。
 誰も居なくなったその部屋にサクラ一人、夜中まで医学書と向き合っていたその後姿に声をかけたのは
現火影であり、サクラの尊敬する人物。綱手の姿があった。
「もう日が変わってしまうぞ。今日ぐらいはもう帰ったらどうだ」
「あはは、キリがいいところで止め様と思ったらこんな時間になっちゃいました」
 椅子から立ち上がり、右手で後頭部を少し掻きながら応えるサクラに綱手は小さく息を吐いた。

「まあ、そう言っても今日は帰るだけなんですけどね」
 笑うサクラに綱手は腕を伸ばし、くしゃりと頭を撫でた。
「そう言うな、意外といい事が待ってるかも知れんぞ」
 綱手の言葉にどう返せばいいか分からなくて、少しだけ眉を下げてサクラは笑った。




「……寒い」
 マフラーで口元まで隠し、少しでも外気に触れる肌の部分を少なくしようとする姿が商店街のガラスに映りこむ。
 いつもに比べて行き交う人々はとても多い。
 綺麗におしゃれをしている女の人。
 彼女を見つけて笑っている男の人。
 なんとなく、本当に何となくぼんやりと眺めてもう一度、ガラスに映し出された自分の姿を見た。

「酷い顔……」
 目の下に薄っすらと出来た隈に疲れきった顔に、取り合えず整えただけの髪の毛。
 チラチラと降ってくる雪が鼻先に触れれば溶けて消えていく。
 商店街のど真ん中。
 いい歳した女が一人、突っ立っているのが珍しいのか、はたまた可哀想だと思われているのか。
 視線を感じる事に少しだけ眉間に皺を寄せて、目の前のケーキ屋に足を運んだ。

 そんなに、クリスマスに一人でいる事がいけないというのか。
 そう思いながらも、いのやヒナタ、テンテンさんは彼氏と一緒に今日は過ごすのだと言っていたのが頭を過ぎる。
「……仕方、ないじゃない」
 そう、仕方がないのだ。
 たかだかクリスマスで会いましょうとは中々言えないのだ。
 一里を纏める役目。そんな彼を好きになったのは自分だ。
 そもそも、彼はクリスマスというものを知っているかも疑問だ。
 去年は自分も任務があったし、その前の年も任務だった。
 偶々今年は任務がなかっただけ。
 ただそれだけなのだ。

「お待たせしましたー御注文のケーキになります」
 にこやかに微笑みながら店員さんがケーキを渡してくるのをペコリと頭を下げ受け取った。
 お店を出て足早に家へと向かう。

 そうだ、今日はクリスマスという名のケーキを食べられる日なだけだ。
 別に恋人と居なければいけない決まりなどないのだ。
 ……なんて、強がりを心の中で言いながら早く家へと帰って寝てしまいたかった。

 雪は冷たく更に深くなる。

 ギュッギュッと雪を踏みしめ一人暮らしのアパートを見る。
 チラリと自分の家を見れば、何故だか明かりがついていた。

「……あれ? 消し忘れたっけ」
 そんなはずはない。
 頭の中で今朝家を出る時の行動を思い出す。きちんと戸締りをして出てきたはずだ。
「お母さん……かしら」
 そう言いながらも、ホルスターからクナイを手に持ち、気配を消して玄関先に向かう。
 今日みたいな日に何てついてないのかしら。
 サクラはそう思いながら、ゆっくりと玄関の鍵を開け家の中に居るであろう人物に向かってクナイを向けた。
 その瞬間、ぐるりと回る景色。
 ダン! と背中に走る衝撃に少し目を細めた。

「何をしている」
「…! え、あれ!?」
 玄関口で押し倒された形のサクラは目の前の人物に驚いた表情を見せた。

「が、我愛羅君!? 何で此処に! というか本物!?」
 何故、今目の前に。というより何故家に居るのか。
 頭に疑問符が浮かぶサクラを見下ろして、我愛羅は息を吐きサクラの右頬を軽く抓った。
「今日は、木の葉に来る予定があるから綱手殿に伝えてくれと言っていたんだが」
「嘘! 聞いてない!」

 上半身を起こし少し大きな声を出すサクラに我愛羅は口元を手で塞いだ。
「むぐっ」
「大きな声を出すな」
 少しばかり眉を顰めたサクラだが、我愛羅に手を引かれ起こされた。






「ねえ、我愛羅君」
「……なんだ」
 コタツに入り、向かい合わせで座る二人。
 特に何かをするわけでもなく、テレビをぼんやり観ている我愛羅にサクラは問う。

「今日は……どうしてきてくれたの?」
 影という立場所忙しいのは当たり前だ。
 態々滞在せずとも里に帰ることも出来たはず。
「……クリスマスは」
「ん?」
「クリスマスは、恋人と過ごすんだろう」

 チラリとサクラを見てすぐさま視線を逸らす我愛羅。
 まさか我愛羅からそんな言葉が出るなど思ってもいなかった為思わず目を見開いた。

「うふふふふ」
「……なんだ、気持ち悪い」
「あ、失礼ねー!」

 コタツの上で腕を組み、笑いながら少し頬を赤くするサクラに恥ずかしさから我愛羅は少しだけ悪態をついた。

 先程までの鬱々した感情は何処かへ吹き飛んでしまっていた。
 特別綺麗な格好でも、何処かに出かけるわけでもなく、
 ただ二人でゆっくりと過ごせるこの時間が幸せで堪らない。

「我愛羅君」
「なんだ」
「私、幸せよ」
 サクラの言葉に少し視線を迷わせて我愛羅はテレビを観た。
「俺も、幸せなんだろうな」

「あー、もう! 我愛羅君大好き!」
 ギューっと抱きつくサクラに戸惑うも大人しくされるがままになっている我愛羅を一体誰が想像しえようか。


 しんしんと降り続ける雪は、空を白く覆い尽くし、ただ綺麗だった。



H25.12.24