鼻を擽るのは海の潮の香り。
水平線をキラキラと輝かせるのは顔を出した穏やかな太陽。

 昇る朝日に、降り続けていた雨がいつの間にか止んでいた。


「そもそもさー、我愛羅くんがいけないんだと思うのよね」

 街外れの船着場から、中型船がひっそりと出向していく。
それを切り立った崖の上に座っていたサクラは、足をぷらぷらと揺らしながら唇を尖らせていた。

「……なにがだ」

 じとりと濡れたままの服が気持ち悪く、羽織っていた上着を脱ぎ捨てた我愛羅は、
サクラの隣に立ち朝日に向かって進んでいく船を眺めている。

「だってさー、街中で見かけたときにデートしてるんだもの。しかもすっごい笑顔だったし! 普段の我愛羅くん知ってるからあんな姿見たら余計に勘違いをするじゃない」

 ああ、あの人と婚約したのはこの人なんだって。
濡れた髪が頬に張り付いて気持ち悪く、サクラは髪を耳に掛ける。

 いったいどのことを言われているのか分からず、暫し眉間に皺を入れ、考えた我愛羅ははたりと気がつく。

「あ、あれはだな……」
「……なによ」

 珍しく動揺している我愛羅にサクラは口元をへの字に曲げ、我愛羅を見上げる。
そろりと視線を逸らした我愛羅に小さく溜息を吐いた。

「いーわよ、どうせ私には関係ないしー、我愛羅くんが誰と結婚しようが、誰といちゃつこうが関係ないですしー」

 態と語尾を延ばしムスリとするサクラに、我愛羅は小さく笑い膝を曲げサクラと目線の高さを合わせる。

「大体、お前もあの男にへらへら笑ってただろう。タイミングが良すぎたんだ」

 へらへらとは失礼な! 依頼人に愛想よくしてなにが悪いのか!
憤慨したサクラはキィ! と声をあげ拳を思わず振り上げた。

「そもそも我愛羅くんはもう少し愛想よくしたほうがいいのよ」
「……善処する」

 振り上げられたサクラの拳を軽く避け、
右手を伸ばした我愛羅は雨で濡れて冷え切ったサクラの頬に右手を伸ばし、そろりと触れた。

「どんな依頼だったんだ」

 依頼の内容を聞くのは野暮だと思う。思うが木の葉隠れからここまで男女二人きりで来たのかと思うと気が気ではない。
我愛羅の親指がサクラの目尻を撫でると、サクラはパチパチと瞬きを繰り返す。

「なにって……世間的に、というより二人を"死んだことにしてくれ"っていう依頼よ。詳しくは省くけど、彼等をコピーして死体を造るってこと」
「死体?」

 疑問を浮かべる我愛羅にサクラはコクリと頷く。

「人体を構成している物質に彼等のチャクラを取り出し混ぜるの。その造った物体を彼等の死体として両家で埋葬してもらうつもりだったのよ」
 さらりと恐ろしい事を言いのけるサクラに背筋がひやりとする。

「それが、世間的に"死んでもらう"ということか」
「そう、我愛羅くんこそどうするつもりだったのよ……結局あの人たちを逢わせるのは手筈だったんでしょう?」

 サクラの質問に、我愛羅は「権力でだな」と呟く。
結局の所、二人を引き合わせはするが後のことは近隣大名や影に口添えをしてもらう予定だったのだと。
我愛羅の返答に「そっちがいいかもしれないわね」と言葉を返す。

 どちらが正しいかなど不明確だし、言ってしまえば関係ないのだ。
受けた依頼をこなしていくだけ。ただそれだけ。

「後処理はこちらでしておこう」
「お願いしまーす」

 我愛羅の指先がサクラの頬を滑り、乾いた唇を撫でた。

「ねぇ、我愛羅くん」
「……なんだ」

 サクラの翡翠色の瞳が、朝日を浴びて輝いている。
瞬きをするたびに、静かに揺れていた。

「私すごく嫉妬したわ。早くあの人を引き離さなきゃいけないって」

 上下に揺れるサクラの瞼。
我愛羅の指が撫でれば、サクラの瞼に影が落ちる。

「オレは、あの男を殺したくなった」

 嘘ではない、本音だ。
もし、サクラがあの男を選んでいたのならば。そう考えただけで我愛羅は心が冷えるのを感じていく。

「物騒ね」
「お互い様だろ……」

 眉を下げて笑うサクラに我愛羅は口元を引き下げる。
小さく溜息を吐く我愛羅の首元に、サクラは腕を回してしがみ付いた。

「言葉を頂戴。私、ただの仲間は嫌よ」

 細いサクラの身体に腕を回し、肩に顔を埋めて我愛羅は目を閉じる。
雨で濡れて気持ち悪い服とか、髪の毛とか。そういうのはもう気にもならなかった。
腕の中の存在が、ただ、愛しかった。

 背中を任せあって、戦う純粋な関係じゃなくていい。
欲しいものはそんな関係じゃない。
 
「サクラ……オレは、」


 朝日は昇る、きらきらと。


5.全身で、
 お題拝借:確かに恋だった

・胡蝶蘭(ピンク)の花言葉 「あなたを愛してます」