ヤバイ、逃げなければ。何故そう思うかは心底不明だがサクラは身の危険を感じていた。ただ危険を感じるだけならまだしも、その元凶になら。と自分自身恐ろしい考えに陥っていた事に首を振りながら自宅に全速力で走り抜けていた。


「違う、違う。これはきっと気のせいよ……そうよ走ってきたから心臓の動きが早いだけだ」

 バクバクと音を立てる心臓に言い聞かせ胸元を握り締める。一人暮らしをしているアパートに逃げるように駆け込み、灯りもつけずにサクラは玄関に背中を預けその場で力なく座り込んだ。

「何で、我愛羅くんがきてるのよ……」


 影だから来る事もあるだろう。何より同盟国だし。そう納得させ、ふらりと立ち上がると開けていたカーテンの奥、ベランダに見慣れた背中を見て、サクラは驚いた。

「ちょっ、なにしてるの!?」

 勢いよくベランダの鍵を開け、叫ぶサクラの声は夕方の木の葉の里に響く。

「見通しいいな、ここ」
「あ、そうでしょう! だからこのアパート借りたのよ」

 ベランダの手すりに腰を下ろして行き交う人たちを見ていたのは、我愛羅。サクラの返答には答えず、見晴らしのいい場所で穏やかに過ぎていく時間に我愛羅は穏やかだった。

「って、ちっがーう! ノリツッコミさせないでよ」

 何で家知ってるの! と聞けば「調べれば分かる事」と言われサクラは、うぐぐと歯をかみ締めた。

「それよりも、お前挨拶も無しに帰るとはいい度胸だな」
「あ、いや。それは」

 腰を下ろしていた手すりから身体を下ろし、後ずさるサクラに一歩近づいた。

「ほら……我愛羅くん忙しそうだったし」
「ほう」

 視線を逸らし、後退りをするサクラだが我愛羅の手が伸びたのを察し、ベランダの扉をピシャン! と閉めた。

「おまっ……開けろ!」
「イヤだ!」

 いきなり目の前のベランダが閉まったことに、ヒクリと口元を動かし叫んだ我愛羅に拒絶を示し、サクラはベランダの鍵を掛ける。
ふーっと額の汗を拭ったサクラだったが、背後から突如腰を引かれ、両腕を拘束されて仕舞う。

「いつの間に、ああ……!」

 ベランダの外にいたはずの我愛羅が背後にいる。尚且つ両腕をつかまれている事に、視線をベランダの外に向ければ、そこには砂がサラサラと風に吹かれていた。

「不法進入よ!」
「安心しろ、靴はキチンと脱いできた」
「そうじゃない!」

 暴れようとするサクラは我愛羅を見ずに逃げようとする。だが、それを良しとしない我愛羅はむにりと頬を掴んで「サクラ」と名前を呼んだ。


「好きだぞ」


 え。おかしくない? こんな体勢で言われるような言葉なのか。そもそも何で今更だと思うし、何より冗談交じりで触れてくることはあったかもしれないが、我愛羅からこうもストレートに言われたことなんて無かった。

 そう、無かった。と考えればじわじわと頬に熱が集まり、口元が緩まりそうなのを必死に止めようとサクラは努力した。

「返事を聞きたいんだが」
「だっ、て……」

 頭上から落ちてくる我愛羅の言葉。口篭ったサクラがそろりと視線を我愛羅に向ければ、にやにやと笑っていたのでヒクリと口元を吊り上げた。


「もう! バカ! バカ、本当にバカ!!」
「オレは馬鹿じゃない」

 サクラが繰り出すパンチの連打に我愛羅は思わず身体を離し、靴を手に取りベランダまで逃げていく。
逃げようとする我愛羅を捕まえようと真っ赤にした顔で追いかけるが、ベランダの手すりに足を掛けた我愛羅から投げられた一枚の紙に意識が向いた。

「なに、これ……」

 ひらりと手元に落ちてきたそれは、最近木の葉に出来たテーマパークの招待券。しかも乗り物全部無料! と七代目火影であるナルトの似顔絵が描いてあった。

「明日行くぞ、迎えに来る」
「え、あ、ちょっと!」

 三階のアパートのベランダから誰も居ない通りに、落下した我愛羅。ベランダに飛び出し下を見れば、華麗に着地をし上を向いた我愛羅と目がバチリと合ってしまう。


「返事は明日、聞かせてくれ」

 口をへの字にしたサクラは受け取った招待券をぎゅっと握り締め、歩いて去っていく我愛羅の背中を見送った。

「くそ……」

 答えなんてほとんど決まっているようなもんだ。
しかも明日が休みだというのを調べてきたんだろう。なんて周到さ。少し悔しい気持ちに苛まれ口をへの字にしながら、手すりに腕を乗せて溜息を吐いた。


「明日、一番に誰が言ってやるもんか」

 それは少しばかりのささやかな反抗。


10. さて、いつ伝えよう?
 お題拝借:恋したくなるお題