歩くたびに、靴が擦れてじゃりじゃりと足元から聞こえる音。目の前を歩く、我愛羅の背中を眺めては視線を彷徨わせ地面へと落とす。
昔はそんなに身長も変わらなくて、体格も変わらなかったはずなのに。いつの間にかとても大きくなったんだな。そんな事をぼんやり考えて、サクラは目尻に少しばかり花を咲かせる。
それなりに喧嘩もして互いに笑い合って、結婚して。子供が産まれて余裕がなくて、なさ過ぎて我愛羅と向かい合う時間がなかったことにサクラは今更ながら気がつく。
瞼を閉じたまま、小さく息を吐いて考え事を続けていたサクラは我愛羅が止まったのに気が付かず、背中にぼふりとぶつかった。
「あぶっ」
ぶつかり、よろけるサクラの腕を掴み、我愛羅はサクラに「見てみろ」と言葉を落とす。
そこは、砂隠れ中心部から少し離れた憩いの場として設置されている、噴水がある開けた公園。昼間には子供たちが遊び、夕方には若者達が集う場所。
地下水脈から汲み上げられた水は、水隠れの最先端技術で、ろ過をされ、人体に触れても問題ないように処理されている。
そんな噴水の水面は、鏡のように星空をゆらゆらと映し出していた。
「綺麗」
「この前、仕事帰りに見かけてな。夕方だったが子供たちが笑いながら遊んでいた。それを見ていた親達も嬉しそうだった」
噴水の底を目を凝らしてよく見れば、そこには小銭がいくつも沈んでいる。願掛けかもしれないが、どんな願いを込めているのかサクラは少しばかり気になり微笑んだ。
「オレは、」
歯切れが悪く、口ごもるような我愛羅に、サクラが顔を上げる。サクラの瞳に写る我愛羅は無い眉を下げて、少しばかり悲しそうな表情を見せていた。
「お前を悲しませてばかりだな」
どうしたらいいかわからない。自分が良かれと思ったことが相手もそう思うかなんてわからないのだ。我愛羅は痛感する。喧嘩をすれば心が痛いし悲鳴を上げる。相手を悲しませると同時に自分も苦しくなる。だが、相手が喜べば自分も嬉しくなるし、思わず顔が綻ぶのも理解する。
それを教えてくれたのは誰でもない、サクラだ。
「……私ね、子供が産まれたらもっと笑い合って、楽しめる事ばかりだと思ってた。医療知識もあるし、今まで病院で妊婦さん達とも関わってきたし、自分で何でもできるって思って、解決できるって思ってた。……だけどそれって現実が見えてなかったの」
だけど、現実は違かったわ。
眉を下げたサクラは我愛羅を一瞥し、空を眺めて小さく呼吸をする。肺に入った夜のヒヤリと冷えた空気が体の熱を下げていく。
「今日、お母さんがきてくれて痛感したわ。あの子は私だけが育ててるんじゃないって。当然よね。二人の子供だもの。嬉しい事も、悲しい事も、困った事も一緒に共感しなきゃいけないわよね。……ごめんね。心のどこかでなんで"私だけが"って思ってたわ」
もう一度、ごめんね。と謝るサクラの頬に触れ、我愛羅も「すまない」と謝罪の言葉を告げる。
「オレは、夫としても、父親としても未熟だな」
「……私もよ。あなたの妻として、あの子の母親としてまだまだ未熟よ」
夜風が吹けば、砂が舞う。風に流れる髪の毛を押さえるサクラは笑いながら我愛羅の真正面に向き直った。
「だから、もう一度、私と共に歩いてくれますか」
月の明かりがサクラの翡翠色の瞳を照らす。きらりと輝くその瞳に我愛羅は改めて誓いを立てた。
「……勿論だ」
するりと細いサクラの指に触れ「寧ろよろしく頼む」と紡ぐ我愛羅に、サクラは目尻を柔くする。
差し出した手のひらを握り返す、細いサクラの手のひら。その手を離さぬようにと我愛羅はほんの少しだけ力を込めて握り返した。
「帰ろうか」
「ええ、帰りましょう」
帰路に付く二人を見守る夜空は、ただ優しく輝いて。つきは穏やかに笑っていた。
05.手、繋いで帰ろうか
お題拝借:10mm.