「ありがとうございましたー」
聞こえたのは塾に通う学生の声。
各々時計を見ながら塾の先生に挨拶をし足早に帰っていく。
疎らになった室内で、帰り支度をしていたサクラ。
コートにマフラー。手袋も完全装備し学校の鞄を右手に持った。
「先生、さようならー」
「はい、さようなら」
塾講師に帰りの挨拶をし教室を出ると通路から見えた外の光景は日も沈み、街中が暗闇に染まっていく。
階段を降り、外に出れば真冬の寒さに体を震わせた。
「サクラ」
「我愛羅君」
自分の名を呼んだ相手を確認し、相手の名を呼んだ。
「寒くないの? コートだけで」
マフラーも手袋もしていない目の前の相手にサクラは表情を歪ませ問う。
「もう慣れた」
鼻先と手を寒さで真っ赤にさせながら答える我愛羅。
塾で出会った二人は何となく仲良くなり、いつも帰りはいつも一緒に帰っていた。
特に連絡先を交換しているわけでもない。
だが、真面目な我愛羅は夜も遅くなるっている事から毎回のようにサクラを家まで送ってくれていた。
キラキラと冬空に輝く星を見て、他愛も無い話に花を咲かせ足を進める。
「でね、いのったら……あ」
サクラの家が見えてきたことに足を止める。
「ごめんね、我愛羅君。いつもありがとう」
「いや、気にするな」
にこりと笑うサクラに言葉を返す我愛羅。
じゃぁ、ここで。と帰ろうとする我愛羅の後姿にサクラは少し唇を噛んだ。
「待って、我愛羅君!」
呼び止められ、振り返る我愛羅。
ふわりと、首に巻きつけられたマフラー。
「寒いから、風引くわよ」
「……だが」
赤と黒のギンガムチェックのマフラーから香る甘い匂い。
それは、今までサクラが使っていたマフラー。
「私が使ってたやつで悪いけど」
真正面で我愛羅にマフラーを巻くサクラ。
暖かそうだった首周りが一気に寒く見えた。
真っ白な息を吐き、頬を赤く染めるサクラに申し訳ない気持ちになる我愛羅。
「やっぱり、返そう。それに塾も暫く休みだ」
「いいのよ。だって、次に会うのは同じ高校じゃない。その時に返してもらえば十分だわ」
サクラの言葉に、胸がじわりと温かくなる。
「……分かった。次に会うときは高校だな」
「ええ」
中学を卒業し、次に互いに会うのは高校入学式だと認識する。
「じゃあね、我愛羅君」
「ああ、じゃあな。サクラ」
少しの寂しさと、期待を込めてしばしの別れに手を振った。
「おはよう」
「おはよー」
期待を含んだ声色で挨拶をするのは、これから一年間共に学んでいくクラスメイト。
その光景をぼんやりと眺めていたサクラの目の前に、立つ人影。
視線を上げ、きゅっと口元を引き上げる。
「おはよう我愛羅君。久しぶり」
「おはよう、サクラ」
久々に会う二人。
差し出された目の前のマフラーを受け取り目元を笑わせた。
「これからよろしく」
春。
新しい季節。
これから新しい生活が始まる。
1 おはよう
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高校入学式。
クラス分けで次々入ってくる生徒を見ていたサクラ。
まだかなーと友達を待っている感覚。
この二人はまだ付き合っていません。
H25.7.16