戦術での駆け引きならいざ知らず、事色恋沙汰に関してのスキルは皆無だという事は
誰よりも自分が自覚をしていた。誰かを愛するという事など今まで無かったのだから。




「ひとつ、貰おうか」
「へへ、毎度あり」
 風が少なく穏やかな日中。
 砂隠れのずらりと並ぶ商店街。
 その一角にある珍しい光景に里の人間は興味本位で少し遠目から眺めている。

「我愛羅、どうした。珍しいじゃないか」
「……テマリ」
 露店商から荷物を受け取ったと同時に名を呼ばれ振り向けば里内警護をしていたテマリの姿。
 パチパチと瞬きをしたテマリの視線は、我愛羅が今し方受け取った荷物があった。
「なんだ、プレゼントか」
「……」

 無言は肯定と受け取ったテマリが、にんまりと笑ったのに嫌な予感がした。
「そうか、そうか。いやぁあの我愛羅がねぇ。護衛も付けずに何処に行ったかと思えば、
ここは昨日、私とサクラが買い物に来た店じゃないかい」
「おお、昨日の姉ちゃんじゃないかい。昨日の可愛い子は一緒じゃないのか」
 露店商の小太りの男がテマリを見て声をかける。
「はは、あの子は今日仕事で一緒じゃないよ」
 わははと笑い合うテマリと露天商の男を置いて歩き出す。
 受け取った物は大切に懐にしまって。

「あ、我愛羅! すまない、私もこれで」
「いやいや、毎度あり。またご贔屓に」
 露店商の男は昨日来ていたピンクの髪の少女を思い出していた。
 先程、青年が買った商品は昨日の少女が、いいなぁと呟いた商品だった。
 戸惑いながらも想いを馳せた瞳で商品を見ていた青年に露店商の男は、心の中で頑張れ、青年! と応援していた。



「我愛羅、待ってくれよ」
 風影とその姉であるテマリを里の者達が遠巻きに見送る中、テマリはこれでもかと言うほど上機嫌だった。
「……なんだ、気持ちが悪い」
「気持ちが悪いとは何だ。失礼だな」
 言葉とは裏腹にテマリは機嫌がよかった。

「サクラにか」
 無言でテマリを少し睨みつけるがテマリの表情は一貫して嬉しそうだ。
「うん、うん。杞憂だったな」
 どうやら自分の中で結論を出したらしい。
 突然、バンバンと背中を叩かれ、思わず一歩踏み出した。

「いい加減警護に戻れ」
「分かったよ、だから睨むな」
 右手を上げて、くるりと背を向けたテマリは「上手くやるんだよ」と言い残し人混みの中に消えていった。
 気がつけば、大きな溜息が出てしまっていた。







「有難うございました」
「いえいえ、お役に立てて光栄です」
 図書館から出てきたサクラは砂隠れの医療忍者に向かい、にこりと笑っていた。

「サクラ」
 名を呼べば振り向く4つの瞳。
「風影様!」
「我愛羅君」

「どうしたの?」
「私用でちょっと」
 チラリと医療忍者を見ると、ピクリと肩を動かした。
「あ、すみません。次の任務の為に失礼します」
 頭を下げ走る去る後姿を見届けた。

 自分とサクラしかいない通路。
 人の気配は感じないその空間はとても穏やかだった。

「私用なんて珍しいわね。私に用事?」
 教本を持っていたサクラの瞳がじっと見上げてくる。
「これをお前に渡そうと思って」

 教本を持つ反対の掌に乗せたのは小さな箱。
 先程、露天商の男から買った物だ。

「……私に?」
 少し目を見開き驚いた表情のサクラ。
 特別にラッピングをしてもらったわけでもない、白い箱。
 脇に教本を抱え箱を開けたサクラはほんの少し、嬉しそうだった。

「いいの? これ、高かったんじゃ……」
「構わん。それなら任務に支障も無いだろう」
 サクラに渡したのは小さな赤バラのイヤリング。
 ピアスにしなかったのはピアスホールが無かったからだ。

「サクラに、似合うと思ったからだ」
 サクラの掌にあったイヤリングを手に取り、サクラの髪を耳に掛ける。
 手に取ったイヤリングを付ける間サクラは言葉一つ発さず大人しかった。

「あ、ありがとう」
 顔を真っ赤にしながらお礼言うサクラを愛しいと感じた。

 赤く染まるサクラの頬を撫で、耳に触れる。
 白い肌に赤く静かに光るイヤリングが、よく映えた。


「サクラ、俺はお前が−−」

 ドサリと本が落ちる音。
 抱き着かれる感触に目を閉じて、その華奢な体が壊れぬように腕を回した。

 赤く輝く、薔薇の形をしていたイヤリングだけが、二人を見ていた。




4.真っ直ぐにしか、愛せない



『サクラ、知ってる? 薔薇の花言葉』
『なあに? 知らない。教えていのちゃん』
『えっとねぇ、たしか……』


あなたを愛してます





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