ザアザアと聞こえるのは雨の音。
 緑が多い木の葉の木々が潤いを取り戻し輝きだす。

 パシャンと足元の水溜りを踏めば、じわりと靴の底が濡れるのを理解する。
 
 木の葉の里の入り口で、笠を少し上げ火影の塔を眺めた。
「はぁ……」
 小さく吐いた溜息は、雨の音に掻き消され護衛と称した姉兄には聞こえていないようだった。





 もう、随分と見慣れた一軒の家。
 ガチャリと目の前の扉が開き、招かれれば何度も顔を合わせた人物。
 笠を脱ぎお辞儀をすれば、目の前の二人に深々と頭を下げられてしまった。

 目の前の普通の家庭であるであろう光景。
 桜色の彼女とその御両親が仲睦まじく話しているのに戸惑いを覚えたのは少し前のこと。
口うるさいと彼女はよく言うが、親が子を大切にするのはこういう事なのかというのを理解した。
 里が違かろうが、立場が違かろうが彼等は今となっては大切な存在であり、護るべき対象であるのは間違いない。

 初めて、サクラから話を受けたときは柄にも無く心臓が止まるかと思ってしまったのは誰にも話していない。
 姉兄達と緊張して木の葉に訪れたのが既に懐かしくもある。



「どうしたの! 元気ないね!」
 ドンッ! と背中に走る衝撃に少しだけ目を見開けば、サクラが「お母さん!」と咎める様に口を開いた。

 言い合いをする二人の姿と、叩かれた背中がじわりじわりと心の中を溶かしていく。
 目線だけ動かしてテマリとカンクロウを見れば笑っていた。

「頑張って行ってきなさい」
 見送りをしてくれる二人にお辞儀をした。
今から戦地に赴くような気持ちに気を引き締め空を見れば、雨は上がり、虹の橋が架かっていた。
 砂では見られない景色に心を打たれた。






「認めないってばよ!!!」
「ナルト、少し黙っていろ」
 ぐぬぬと口元を歪ませ睨んでくるナルトと、ナルトを黙らせ、火影の椅子に座り口元で手を組んでいる
五代目火影である綱手の目は兎に角鋭かった。
「それとなく、キザシ達から聞いていたが……」
 チラリと綱手の視線がサクラに向いたと思えば、サクラが緊張した様子で肩をビクリと震わせた。

「……サクラ、まさかアンタの好いた男が我愛羅とは」
「あはは……内緒にしててすみません」
 右手で頭を掻きながらサクラは答える。
 ふぅ、と息を吐く綱手。視線がこちらに向いたかと思えば眉間に皺を寄せていた。

「わざわざ、私に言いにくるぐらいだ。もう決めているんだろう」
「ああ、春野サクラを俺の妻として迎え入れたい」

 一瞬の沈黙。
 綱手を見るサクラの表情は不安な色をしていた。

「……綱手様」
 声を掛けたのは従者のシズネ。

「……第四次忍界対戦が終焉し、まだまだ各、隠れ里同士で蟠りがあるのは事実。
その中で砂と木の葉の忍が共になるというのは、きっかけになる。だが、」
 腕を組み我愛羅とサクラを見た後に、綱手の隣に立っていたナルトを一瞥した。

「戦争の爪痕も色濃く残る中、人手不足は否めない。その中でサクラを他里に嫁がせるのはかなり痛い。
我愛羅、それでもサクラを連れて行くのだな」
「ああ」
 視線を逸らさずに、ただ綱手を見る。


「サクラは木の葉の宝だ。大切にしておくれよ」
 少しだけ寂しそうな瞳をしたのを見逃さなかった。
「し、師匠……」
 じわりと涙目になるサクラは「有難うございます」と頭を下げた。

「ちぇー! サクラちゃんってば、何で我愛羅なんだってばよ。
そりゃぁ悪い奴じゃねーし、強いけどもよー。でもさー、でもさー!」
 文句を言うナルトにサクラが近づき、ナルトの頬を力強く抓った。
「煩い! ナルト、アンタだって我愛羅君のよさは知ってるでしょ!
大体、何時までアンタはフラフラしてるのよ! ヒナタがずーっと待ってるでしょ!」
「いたたたた!! サクラちゃん痛いって! 千切れる、千切れる!!」

 まるで仲のいい姉弟のようだ。

 火影の目の前で騒ぐナルトとサクラに少しだけ溜息を吐けば、いつの間にか隣に立っていた綱手が肩に手を置いた。


「我愛羅、幸せになれよ」
「サクラと一緒なら人間らしく居られる」
 きっと、サクラ以上に俺のことを知ろうとする人間も、受け入れようとする人間もいない。
 愛を注げば、それ以上の愛を返してくれる。

 気づかぬうちに、きっとほほが緩んでいたに違いない。
 サクラとナルトが揃って笑顔を向けていたからだ。







「緊張した?」
「……少しな。だがサクラの御両親に会った時の方が緊張した」
 右手に絡んでくるサクラの白くて細い指。
 壊れぬように少しだけ力を入れれば、サクラがにこりと笑った。

「まさかナルトが居ると思わなかったわ。明日には里中に知れ渡ってるわね」
「そうだな」
 火影塔を後にし、人通りの少ない道を歩いていく。

 ひっそりと、育んできた大切な想い。
 木の葉の里の者が知ったらどうなるのだろうか。
 若干、気が重くなるのと同時にサクラがどれだけ愛されて大切にされていたかを知る。

「我愛羅君、一緒に幸せになろうね」

 まるで、幼子のように笑うサクラに十分過ぎるほど幸せだ。と心の中で返した。


 初めて愛した人間がサクラでよかった。
 きっと、これが最初の愛で、最後の愛だ。

 サクラの頬に唇を落とせば、また幸せそうに笑った。


5.初恋が最後の恋





「二人だけで行かせてよかたのか? 心配じゃん」
「大丈夫さ。これから二人で乗り越えて行かなきゃいけないことが山ほど出て来るんだ。
それに、何だかんだ言っても綱手様もサクラ同様人情溢れるお方だ。心配ないよ」

「あれー? テマリさんにカンクロウさんじゃないですか。甘栗甘でどうしたんですか?」
「いのにテンテンじゃないか。久しぶりだな」
「任務? それにしても二人して甘栗甘にいるなんて……」
「いや、実はな……」

「あー! いのにテンテン居たってばよ!」


 ここ、甘栗甘から噂が広がるまで後数分。





H25.8.11