砂隠れにある娯楽場とでも言える大きな屋敷。
そこに運び込まれる資材や人形、煌びやかな衣装の数々。
一体なんだろうか。そう思いながら肌を優しく撫でる砂隠れの風を体に受けサクラは見知った人物を見つけ声を掛けた。

「カンクロウさん!」

 砂隠れの風影である我愛羅の兄であるカンクロウはサクラに名を呼ばれ手に持っていた紙から顔を上げた。



物語のような、それは





「人形劇?」
 木の葉隠れにはとんと縁がない言葉にサクラは首を傾げ隣を歩くカンクロを見上げた。
 ゆらゆらと揺れながら沈む太陽は砂隠れを橙色に染め上げキラキラと里内を穏やかに輝かせる。

「ああ、砂隠れの伝統じゃん。今度の祭りで披露すんだよ」

 砂隠れに医療使節団として滞在しているサクラにとって砂隠れの文化はとても興味を惹くものが多かった。
 カンクロウがサクラに夕飯はどうするのか聞けばまだ決めかねていたので我愛羅とテマリと一緒に食うかと誘えばサクラは二つ返事で言葉を返した。
姉と弟と一緒に暮らす屋敷に戻れば、顔なじみになったお手伝いさんがにこやかに笑いながらお帰りなさいというのにサクラはぺこりと頭を下げる。

「そうか、傀儡みたいに操るんですね」
「ああ、勿論人形劇だから物語があるじゃん。恋愛物だったり喜劇だったり」
「へーそうなんですね。面白そうー。でも人形劇見た事ないんですよね」

 少し大きな客間に向かい合わせで座りお手伝いさんが淹れてくれた茶を啜りながらサクラはポツリと呟いた。
ほんの少し興味があった。昔遊んだ幼稚な人形ごっことは違う、傀儡師ならではの迫力ある人形劇を見てみたいと純粋に思ったのだ。


「そうなのか? じゃあ、明日の夜隣町で人形劇の舞台があるから一緒に見に行くか?」
「本当ですか!」

 カンクロウの言葉にサクラは目を輝かせた。
ここ最近、と言うよりもここ数年ずっと任務だ修行だ、勉強だと根詰めてきたせいもあってか砂隠れの娯楽がよく目に留まっていた。
木の葉ではあまり見なくなった紙芝居だったり、大道芸だったりと幼心を擽るものに興味を惹かれていた。

「わー楽しみー! 木の葉に帰ったらいのに自慢しよー」
 にこにこと笑うサクラにカンクロウは目元を細めた後、くしゃりと笑った。

「じゃ明日は仕事早く終わらすじゃん」
「そうですね! 明日頑張ろう!」
 うん! と気合を入れるサクラは至極嬉しそうに笑う。




「なん、だと…またしても抜け駆けを…!」
 帰宅して早々、にこやかに笑うお手伝いさんが「カンクロウ様があのお嬢ちゃんをつれて帰ってきたんですよ!」とテマリに笑いながら話せば
その横で聞いていた我愛羅が足早に二人がいる部屋の前まで掛けていく。
 少し開けた扉の隙間から覗きこむしゃがみながら中を覗きこむ我愛羅は眉間に皺を寄せて呟いた。

「隣町…くっ!何故明日の夜大名との会合が!!」
「カンクロウを護衛につけるか?」
 悔しそうな我愛羅にテマリは一つ提案をするが我愛羅は困ったように瞼を閉じた。
「いや、だが…サクラがあんなに嬉しそうにしてるし…」

 我愛羅の言葉にテマリも部屋の中を覗き込めば花が咲くように笑うサクラが見て取れた。

「サクラ…!」

 何故カンクロウなんだ! 何故なんだ! とテマリは心の中で叫んだが楽しそうに笑うサクラの邪魔をする事もできなかった。





 ***





『ああ、どうして! どうしてこんなにも愛しているのに私の想いはあなたに届けてはいけないというのでしょうか!』
『姫! どうかここから私と共逃げましょう、何もかもを捨てて!』



 薄暗い大きなホール。
目の前で繰り広げられる物語にサクラは息を呑んで見入っていた。
 ステージのみならず観客席、ホール全体を使った舞台と言うのはこれほどまでに迫力があるのか。
傀儡師が繰り広げる演劇に観客一同のめり込んでいた。
 キラキラと瞳を輝かせるサクラの隣でカンクロウは「中々の出来じゃん」とこれは今度の祭りは負けられないなと対抗心を燃やしていた。



 ザワザワと人混みの流れに流されるようにホールから出てきたサクラはすっかりと陽が沈んで星が輝く空を見ながらぐーっと背伸びをする。
「いーなー!私もあんな恋愛してみたい!」
 何もかも捨て去って、愛する人と生きていけたのならきっと辛くても生きていける。
いつか、誰かと一生の愛を誓え会えるときがくればいいな。とサクラは思い笑う。

 ゆっくりと人混みに流され歩くサクラの左腕を掴んだカンクロウは目元を細めて笑った。


「じゃあ俺にしとくか?」

 頭上から落とされる言葉。
目を見開いて瞬きをするサクラを見てカンクロウは、あっははと声を上げて笑った。


「冗談じゃん、引っかかんなよ」
 ひー! と腹を抱え笑うカンクロウを見てサクラはきゅっと眉を吊り上げる。
「な、なんだ…ちょっと止めて下さいよー!」
 ぎゅっと胸元を握り締め、一瞬でもドキッとしてしまった自分に馬鹿じゃないかと叱咤した。


「あー、笑った! 引っかかるお前が悪いじゃん、それより何かメシでも食って帰るかー」
 腹を押さえるカンクロウに口元をへの字に曲げサクラはむすりと表情を崩す。

「もぅ…そうですね! ピザ的なものが食べたいです。カンクロウさんのおごりで!」
「うへー、俺のおごりかよー」

 拳を掲げずんずん歩いて行くサクラにカンクロウは財布の中身と相談した。



 夜は更け星はキラキラ輝いて、一時の物語を語っていく。
闇夜に揺れる薄紅色は先ほど見ていた夢物語の姫に見えた。






「お帰り二人とも」
「ただいま戻りましたー!」
 屋敷の前で腕を組み立っていたテマリにカンクロウは口元を少しひくつかせる。

「どうだった、楽しかったかい?」
「はい! 凄かったです、迫力ありましたし!」 
 少し興奮気味に話すサクラにテマリは頷いて「今日は疲れたろ、泊まって行くといい」と家の中に招き入れ
玄関先で待っていたお手伝いさんにサクラを預けくるりとカンクロウに振り向いた。


「カンクロウ、詳しく話を聞かせてもらおうか」
「いっ! なんだってんだよ!」
 背後から聞こえた声にカンクロウは声をあげる。
いつにも増して仏頂面を下げた我愛羅がカンクロウを射抜くように見ていた。

「まー、そうだね。デートは何処に行って何食べてきたんだい?」
「手を出したりはしてないだろな」
「木の葉のお嬢さんを預かってるんだ、もし手なんて出してたりはしてないだろうな!」
 姉と弟から次々投げられる言葉にカンクロウが「いや、あの」と言い淀んでいると我愛羅が顔を上げた。

「俺もまだ手出してないのに!」

 とんでもない発言をする弟にテマリはスパン! と後頭部を叩き「違うだろ!」と咎めていた。



 ああ、穏やかなあのひと時はまるで。
夢物語のようだった。



2014.09.08