橙色に輝く夕焼け。
穏やかな色が里内を優しく包み込む。
賑わう市場を通れば、にこにこと笑うふくよかな婦人に呼び止められたので無下にも出来ず足を止めた。
「風影様、いいお米が手に入ったんだよ!」
「あ、ああ……」
米が二キロ程入った袋を強引に渡される。受け取れぬと言えば、うちの店の物はダメだって言うのかい!? と脅され渋々受け取る。
それがいけなかったのであろう、市場を抜けるまでにあれよこれよと手渡され、あっという間に両手に持ち切れないぐらいの食材や菓子で溢れていた。
市場を抜け、仕方がない。持って帰るかと思っていたところで若い忍に、大変そうっすねー。と声を掛けられた。
「途中まで持ちますよ」
「いや……遠慮する。気持ちだけで十分だ、ありがとう」
そう言えば若い忍びはニカリと笑う。
「そーっすか、申し訳ないっすわー」
軽く返事をし両手を頭の後ろに持ち上げ、若い忍はなにやら嬉しそうに笑っている。
少し考えたが、何かいい事でもあったのかと問えば、それはそれは至極嬉しそうに、分かりますか! と握り拳を作っていた。
「今度結婚するんすよ!」
「ほう」
嬉しそうな若い忍を見て、つい一週間程前に自分達も式を挙げたな。と思い出す。
「サクラさんみたいに綺麗なわけでも、優しいわけでもないんですけどねぇ」
「……でも、大切なんだろう」
愛しそうな表情で語る若い忍は、そーなんすよ! と声を上げて笑っていた。
「ちょと、アンタいつまでほっつき歩いてるのよ!!」
「げっ!」
怒鳴り声を上げ、ずんずんと若い忍に近づく女はどうやら忍ではないらしい。
尻に敷かれている若い忍に、大変そうだな。と見ていれば女が気がつき、慌てたように頭を下げてくる。
「す、すみません! お見苦しい所を……!」
「見苦しいのはお前だろう」
「なんですってー!」
キイイと金切り声のように叫ぶ女に若い忍は、まあまあ。と軽く流している。
いい、夫婦になりそうだな。そう思った瞬間に思わず口から言葉が出ていた。
「結婚、おめでとう」
拳を振り上げていた女がピタリと止めると、若い忍は女の肩を抱き寄せる。
「有難うございます。風影様に誓って幸せにします」
「……いや、俺に誓わず彼女に誓え」
「そうよ、そうよ」
ふざける二人にもう一度、おめでとう。と言えば今度は二人から「ありがとうございます」と言われ心臓のあたりがムズムズした。
「ところで風影様、新婚生活ってやっぱりいいっすか?」
ぼそりと耳打ちされ、まあ。と短く返せば若い忍は、いいっすよね! とニカリと笑う。
若い忍の左耳を掴み、さっさと帰るよ! と女が連れて行くのを見送った。
「新婚生活、か……」
あまり意識もしていなかったが、そう言えば家に帰るとサクラが出迎えてくれる。
結婚を期に、テマリとカンクロウの元から離れたためそう言えば二人きりだなと、今更ながらに理解した。
悶々と考えながら家へと帰ると、灯りが静か輝くのが見えた。
鍵を開け、玄関を潜るとすぐさま聞こえる足音と鼻の奥に届く夕飯の匂い。
「おかえりなさい」
「……ただいま」
両手に持っていた大量の荷物にサクラがどうしたの? と覗き込んでくる。
「ああ、市場を通ったらもらったんだ」
「あーそうなの。お礼に行かなきゃいけないわねぇ」
軽く荷物を受け取ったサクラが中身を見れば、歓喜の声を上げる。
よく見ていなかったが、どうやら米以外に干した魚に野菜。果ては果物まであったらしい。
「ふふ」
靴を脱いで室内に上がると、ダイニングのテーブルに荷物を置いたサクラが声を上げて笑っていた。
「どうした」
「ん、いいやー。我愛羅くんが愛されてるなーって思ってね」
これ、市場を取り仕切るおばさんと、そのおばさんに対抗してる果物屋のおじさんよねぇ。とサクラは一つ一つ丁寧に取り出していく。
見ただけで分かるのか、と思うのとなんだかむず痒くなり首の後ろをガリガリと掻いた。
「多分、それはお前がいるからだ」
「え?」
米も魚も果物も"サクラ様と一緒に食べるんだよ"と市場の婦人に背中をバシバシと叩かれながら言われたのを思い出す。
同盟国とは言え他里出身のサクラがどれ程努力して、どれ程里の者達のために頑張ったかは知らない。
だが、気がついたらサクラ自身が強固な絆を紡いでいた。
その細い、身体の何処にどれだけの覚悟が詰まっているのだろうか。
「サクラ」
ぎゅっと、後ろから抱きしめれば、どうしたのよ。と笑いながら腕にサクラの手のひらが添えられる。
「好きだな、と思って」
「ぎゃ! どうしたのよ、恥ずかしい」
耳を真っ赤にするサクラに思わず笑みが零れてしまったので、それを隠すようにサクラの頭に顔を埋める。
穏やかな時間がただ、愛しい。
鼻をくすぐる夕飯の匂いが、暖かさが。
とても大切なのだろう。
2015.我サク独り祭り
02. 僕を待つ灯火
→
03. 記念日じゃなくても