リビングの椅子に腰を下ろし、頬をテーブルに付けてサクラは左手をぼんやりと眺める。
落ち着いたシンプルな指輪が薬指で、キラリと輝く。
ふわふわとした感覚に包まれて、サクラは頬をほんのりと染める。
自分が結婚した事も、砂隠れに嫁いだ事もいまだに夢なのではないかと思ってしまうほどに。
少しふざけて、家の中で我愛羅に指輪をつけて! と強請ればあの仏頂面の我愛羅が顔を真っ赤に染めたのだ。
式場で周りの空気に呑まれて、指につけてくれたのと、自宅で誰も居ない二人だけの空間では違うらしい。
馬鹿だろう! ふざけるな。と言われたが顔を真っ赤にしていたので怖くともなんとも無かった。
そんなことを思っていたのは数日前。
サクラはどうしよう、と顔を青くしながら声も出さずにシクシクと涙を流す。
泣いていても仕方がない。正直に事実を話すしかない。
そう腹を括るも、もし我愛羅に厭きられたらどうしようと考えれば、ぐるぐると思考が回る。
どうしよう、どうしよう。
巡る思考につい、我愛羅くん。と名を呼べば、どうした? と背後から声が聞こえぎょっとする。
「が、我愛羅くんいつから……!」
「さっき。それよりどうした、何で泣いている」
サクラの頬を、我愛羅は自分の袖で無造作に拭うが、かえってサクラの目から滝のように涙が溢れた。
「ご、ごめんなさいー」
目が溶けてしまうのではないか言うほど涙を流すサクラが突然謝るものだから我愛羅はただ首を傾げて、何があったんだと優しく問う。
サクラとお付き合いを経て、結婚まで漕ぎ付けた中で知ったのは、
よく笑い、よく怒り、よく泣くこと。
その中でも時たま子供返りをしたのではないかと言うぐらい泣く時があるのだ。
「ゆっ、指輪っ!」
「指輪?」
ヒクリと喉を鳴らしながら泣く、サクラの言葉を待てば"指輪"と言う単語に我愛羅はサクラの左手を持つ。
そこには、サクラが嬉しそうに眺めていた指輪は無く、ただ跡だけが残っていた。
「……失くしたのか」
少し目を伏せて問う我愛羅にサクラはコクコクと頷いた。
「あ、洗物してたら流れて、いっちゃって……!」
わんわん泣くサクラに、ああ。そういう事か。と我愛羅は納得する。
「いい、たかが指輪だ」
「でも……」
我愛羅がくれた指輪なのだ。
とても大切で、嬉しくて。それを見るだけで毎日が幸せだった。
仕事中は失くさぬようにと、首に掛けていたというのに。
とんだ失態だとサクラは自分を責め立てた。
「また買えばいい」
「でも、わ、ぶっ!」
まだ何か言おうとするサクラに、近くにあったタオルと手に取りサクラの顔を無造作に拭っていく。
「また買えばいいさ、指輪ぐらい」
それだけ大切にして、喜んでくれた。
それだけで十分なのだ。指輪なんてただの装飾品でしかない。
我愛羅にとって大切なのは、指輪ではなくサクラなのだ。
「だからもう泣くな」
「うん」
ずずーっと鳴らすサクラの鼻を拭い、我愛羅は目元を少し細める。
サクラの左手を取り、薬指に唇を落とせば、もう一度サクラの目からほろりと涙が零れた。
2015.我サク独り祭り
04. 指輪の跡
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05. 日頃の感謝を込めて