この掌を掴んで、離さないでいてほしい。
すり減らしていく心は、その願いですら手放してしまいそうで。
自分の心が悲鳴を上げているのに、気がつかないふりを、見ないふりを。
いつまで経っても、私は成長していない。
愛するという事、それ即ち
ガサリ擦れるシーツの音。
浅く、乱れる呼吸。
自分ばかりが求めているようで。
恥ずかしさを隠すように手を伸ばせば、ほんの少し微笑んだような表情の彼に安心する。
こんな甘い関係が、続けばいいとサクラの頭の片隅を過ぎった。
「何を考えてる」
「ん……なんでも、ない」
少しだけ、ムッとした表情で見下ろして手首を掴む我愛羅にサクラは眉を下げ笑う。
そう、なんでもない。
なんでもないのだと、サクラは自分に言い聞かせ、何も考えなくてすむように快楽に体を委ねた。
何一つ解決などしないというのに。
木の葉の忍、春野サクラと砂隠れの里、風影である我愛羅は公にしてはいないが恋仲である。
親しいものだけがその事実を知っていた。
なんて、身分違いな恋だとサクラは思っていた。
ぱちりと目を覚まし、天井を見つめる。
もう随分と見慣れたなと思いながらゆっくりと体を起こしたサクラは欠伸を一つ。
昨夜、情熱的に自分を抱いていた風影の姿はなかった。
「……そう言えば、今日は上役達と会談があるって言ってたわね」
そう言っていた我愛羅の表情を思い出し、くすりと笑う。
師である綱手も上役達との会談の時は至極嫌そうな顔をしていた事を覚えている。
ぽすりと体を布団に埋め、息を吸う。
甘い砂の香りがする気がした。
口元をきゅと引き少しだけ頬を染めたサクラは一度瞬きをしてガバリと体を起こした。
「……お風呂」
何も身に着けていなかったサクラは衣服を拾い集め簡単に身に纏い、部屋に備え付けられている風呂へと向かう。
昨日の熱を洗い流す為。
ザアアア
シャワーの蛇口をきゅっと捻り頭から冷たい水で洗い流せば、熱を持った体も心も冷えていく。
これから私は戦うのだ。
彼の隣を歩く為に。
はっと浅く息を吐いて瞼を閉じた。
自分の弱い心が自分を取り込もうとしているのに頭を横に振った。
大丈夫、大丈夫。
サクラは心の中で何度も何度も唱え拳を握り締める。
パチンと頬を叩き気合を入れる。
「大丈夫」
言い聞かせた言葉は、シャワーの水音で掻き消されてしまっていた。
***
「おや、まだ居たのか?」
聞こえた言葉。
夕方の廊下、講義が終わった帰り道。
背後から聞こえた声にサクラは、ピタリと足を止めた。
「ええ、明日までが期日です」
「そうか、そうか」
にやにやと笑う男。
それは名も知らぬ砂の上役。
「風影も、これ以上砂隠れの里に泥を塗らないでほしい」
突然の男の言葉にサクラは眉間に皺を寄せる。
「どういうことよ」
「木の葉などに頼らなくても十分だという事だ」
いやらしい笑みを浮かべ足を進めた男はサクラの目の前で立ち止まる。
「お主の様な娘に熱を上げおって」
笑いながらサクラの頬に触った男。
サクラはゾクリとしてパチン! と手を払いのけた。
「触らないで」
「なんとも気が強い」
顎を擦り、足元から舐めるように見る視線に嫌悪感しかなかった。
「お前のような娘が、風影に釣り合うとでも思っているのか」
投げられた言葉。
その言葉にサクラは一瞬、息が止まった。
「木の葉の、そうだのう山中一族や日向一族ならまだしもどこぞの血族でもないお前のような娘など。
風影が本気にしているとでも思っているのか?」
ドクドクと煩い心臓。
わかっている。
特別な血族の血を引いていない事ぐらい。
それがなんだというのだ、彼はそんな事で人を選ばない事ぐらい知っている。
「彼はそんな事で人を選ぶ人じゃないわ」
「さて、どうだろうなぁ。国と里、影の立場だ。感情や思いだけで動けん事も知っておろう」
男の言葉に奥歯を噛み締める。
「風影には、砂の娘を嫁に迎えさせる予定だ。そうだな、おぬしなら妾にでもしてもらえるかもしれんな」
「馬鹿なこと言わないで……!」
若くして影に就いた我愛羅が有望な事など知っている。
周りの大名や上役達も、あわよくば我愛羅と婚姻をさせ子を成させようとしているのを知っている。
砂の上役達や大名達が、サクラを快く思っていないこともサクラは理解していた。
「いい血筋を残すには名のある血族と結ぶのが良いに決まっている。
さて、おぬしはどこの血族かな? おぬしの父と母はさぞかし名のある血族の生まれであるのかのう」
男の言葉に、サクラは心臓が苦しくなるのを理解する。
父と母を馬鹿にされた気がして目の奥が熱くなった。
「まぁ、風影の妾にすらなれなくても、俺が買ってやってもいいがな」
奥歯を噛み締め、床を見るサクラを見下したように笑い男はサクラの首筋に触れ笑った。
「ずっと、言っておろう。おぬしと風影が釣り合うと思わぬことだ。血筋はどうやったって変えることはできん」
わっははははと笑いながら立ち去る男の後姿に奥歯を噛み締めただ、睨む事しかできなかった。
騒ぎを起こせば木の葉と砂の同盟破棄になりかねない。
些細な事が切欠で戦争に発展するかもしれない。
サクラは掌に爪が食い込むぐらい握り締めていた。
例え、どんな人物であろうと砂の人間。
砂隠れで生きている人間。
我愛羅が命を懸けてでも守ろうとしている人間であるのだ。
誰も居ない廊下に一人。
サクラは立ち尽くした。
声も上げず、両手で顔を覆いつくしひっそりと、涙を流していた。
戦争が終わり数年。
各国で同盟が組まれ、表面上では平和が謳われている。
だが蓋を開ければまだいがみ合いや蟠りは残っている。そう簡単になくなるものじゃない。
どうしようもない感情が、サクラの胸を黒く染めていく。
血筋や血族などはどう足掻いたって変えられるものではない。
あの時の戦争でも、ナルトやサスケと少しでも肩を並べて戦えていたと思っていたのに。
結局はどうしようもなかった。
いつだって二人の背中を見ていた。
戦争が終わりを迎えた時だって、さすが四代目火影の息子。
さすがうちは一族、奈良家のお陰で、山中家のお陰で、日向一族のお陰で。
皆すごいと思った。
私の同期なのよって自慢をしたくなった。
でも、次に言われる言葉を知っている。
「じゃぁ、貴女もすごい一族なのね。春野家? 聞いた事ないわね」
「やっぱり、名のある一族とは違うわよね」
「名のある一族と一緒の同期で可哀想」
耳を塞いで目を瞑りたくなった。
劣等感を感じたくなかった。
私が劣等感を感じれば父も母もそういう目で見られてしまう。
そう感じたサクラは聞こえてくる言葉は聞かないフリをしてただ前を向いた。
投げられる言葉に、麻痺を起こす心。
だけど、もう聞こえないフリも、見えないフリも出来る事が出来なかった。
サクラの心は、悲鳴を上げていた。
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