夜と昼ではこうも姿が変わるのか。
 昼の歓楽街と言うのはこうも静かなものなのか。

 上役達は暫く留まると話していた。
初めからそのつもりで日程を組んでいたのであろう。
 連れられた宿で未だ寝ている上役達を置いて閑散としている歓楽街を歩く。

 目的の場所まで目もくれず歩き進めていく。
 まだ開店をしていないであろうが、店の入り口が半分開いていたので中を覗いてみた。

「まだ、店は開いてないよ。ん、アンタは昨日のオニーサンじゃないか」
 ふーと煙を天井に向け吐いていたのは昨夜の受付の女。
 煙管を咥えニヤニヤと我愛羅を見た。
「んふふー、あの子にハマッタのかい。オニーサン」
 真っ赤な唇をきゅっと引き上げ笑う女に我愛羅は表情一つ変えずに答えた。
「違う。用事があって来た」
 我愛羅の言葉に面白くなさそうに、ふーんと頬杖を付く女。
「そうかい。でもあの子は普段、店に出ないんだよ」
「……知り合いだ」
 睨み合う我愛羅と受付の女。

 女は溜息を吐き、ガタリと立ち上がった。
「分かったよ。あの子なら今頃中庭を掃除しているだろうよ」
 受付の隣にある締め切っている扉。
 ガチャリと鍵を開け「入りな」と通された。


 じりじりと太陽が当たりを照らす。
 砂隠れでは聞くことのない蝉の鳴き声が煩いと感じていた。

 ゆっくりと歩き、昨夜案内された廊下を歩く。
 白い中庭で箒を持ち、白の長襦袢に羽織姿の黒髪が一人。
 くるりと振り返ったと思えば、やはり黒のコンタクトを入れたサクラだった。

「……我愛羅君」
 我愛羅の姿を見たサクラは少し戸惑うような表情で瞳を揺らす。
 此処に再度訪れた理由なぞ別段なかった。
 上役達に連れ回されるより、任務中のサクラの元に来た方が楽しそうだったから。

 頭の中で此処に来た理由を自分自身に言い訳する。
「サクラ」
 次の言葉を用意していなかった為、少しだけ考えあぐねた。

「昨日は有難う、助かったわ」
 思ってみも無かった言葉に少し考え、ああ。と声を出した。
「あの後大丈夫だったのか」
「ええ、薬を抜いて治療したわ」

 昨夜、法外の薬を持っていた男が帰った後、男の相手をしていた太夫の元へサクラと共に向かえば
倒れていた太夫は意識が混濁し、暴れてサクラに襲い掛かろうとした太夫を押さえつけ気絶をさせた。
 太夫の治療をサクラに任せれば、数人の花魁達が駆けつけてきた。
花魁とサクラの様子からすると、法外の薬がここ、吉原で使われている為各店の花魁達に被害が出ているとの事。
 中には命を落とすものも居れば、精神崩壊し普通の生活も儘ならない者も居るらしい。
 吉原独自の自警団があるそうだが、吉原から出ること事態許されておらず現火影と顔見知りと言う自警団長が木の葉に依頼した。

 その依頼について白羽の矢が当たったのがサクラと言うことが判明した。

「そうか。薬の仕入れルートは分かったのか」
「いいえ。やっぱりそう簡単に分かるはずないわ。長期戦よ」
 箒の柄を持ち溜息を吐き、肩を竦めた。

「大丈夫なの、此処に居て」
「……二、三日留まる予定らしい。街を歩き回るより此処に居た方がマシだ」
「そんな嫌そうな顔をしなくても」 
 よほど顔に出ていたのか。
 サクラが眉を下げて笑った。

 ほんの少し視線を逸らすサクラ。
思わず眉間に皺を寄せ、ズンズンと近づいた。
「サクラ」
 我愛羅の声にサクラの肩がビクリと震える。
 目の前に立つ我愛羅にサクラは一度顔を上げたが直ぐ、地面に視線を落とした。
 
 カタン!
 
 我愛羅に手首を捕まれ、サクラは箒を手放してしまった。


 ミンミンミンミン

 耳の奥を支配する蝉の鳴き声。
 サクラは額から流れ落ちる一筋の汗を拭う事も出来ず、ただ地面を見ていた。
 少し上から見たサクラの頬がほんのりと紅く染まるのを見て我愛羅は心臓が疼いた。

 ぐいっと強引にサクラの腕を引いた。

「が、我愛羅君……!」
 驚いて名を呼ぶサクラ。
 中庭から上がる小さな階段にサクラは草履を脱ぎ捨てる。
 サクラの腕を引いたまま歩く我愛羅にサクラはゆっくりと掌を合わせて握り締めた。

 スタスタと廊下を歩く我愛羅。
 無言で後をついて行くサクラは我愛羅の背中を見ていた。

 昨夜、通された部屋の襖を遠慮なく開け放つ我愛羅。
 外の明かりがあまり届かないその場所は、陽も高いと言うのに薄暗かった。
 サクラを逃さぬよう、我愛羅は手に力を込めた。

「サクラ」
 我愛羅の目がサクラを射るように見つめた。
「な、なに?」
 握られている手を見ながらサクラは問う。
「この件から引いたほうがいい」
「え」
 何の事か分からないと言った様子でサクラは顔を上げた。
「昨日の男、少しだけ見たがビンゴブックに載っているS級クラスだ。
第四次忍界対戦時の混乱に乗じ、法外な薬を大量に入手して売りさばいているらしい」
「……なんで」
 昨晩、太夫をサクラが治療するのを確認し遊郭から外に出れば男が何処にいるかは直ぐに感知できた。
忍が居ると思っていないのか、男は警戒心のかけらすら持ち合わせていなかった。
 男がビンゴブックに載ったのは第四次忍界対戦後。
 霧隠れの水影から各里に入った情報。
怪しい薬の研究をしている忍が里抜けをしたという事。
そして黒い噂が囁かれていた。その忍は大名と関わりを持っていたと聞く。
パタリと消息を絶った忍は各里の影と暗部には伝えられたと聞いている。
 だからサクラは知らないのだ。いくら現火影の愛弟子と言えど。

「あの男をこれ以上追うな」
「どうしたのよ、一体……」
 不安な瞳で我愛羅を見るサクラ。
本来の宝石のような翡翠色の瞳が見えないことに我愛羅は残念だと思った。

 各国の大名達はこぞって言うのだ。
 暫く、大きな揉め事は起こすな、と。

 この件にこれ以上関わると何れあの男と繋がっている大名の耳に入るだろう。
 単独で任務についている以上サクラの事が知られたら被害に合うのは必然。
 大名のでっち上げで揉み消されてしまう。

 サクラの白い頬に触れる。ふにふにと柔らかい頬を数回撫でた。
 大きなサクラの瞳がゆらりと揺れた。

「サクラ、俺はお前を失いたくない」
 思わず口から出た言葉。
 思っても見なかった言葉に自分自身が驚いた。

 昨夜、無意識にサクラの体に触れた時の、涙目だった表情が頭の中から出て行かない。

「我愛羅君、それって……」
 色素の薄い唇が自分の名前を紡ぐ事に心臓が嬉しさを覚える。

 こんな時に、俺は何を考えているんだ。

 頭の中で自分自身に問いかけたが意味を成していなかった。
 言葉を遮るように、我愛羅は自らの口をサクラの唇に重ね合わせた。