チチチと聞こえるのは鳥の囀り。
陽が昇りきる前の涼しさを感じさせる時間帯。
ジャリジャリと砂を踏みつけ歩く音。
被っていた笠を取り、ここ数日顔見知りになった女は素知らぬ顔で奥へと通してくれた。
静かな廊下。
まるで逢瀬のようだ。
ぼんやりとそんなことを思い足を進める。
足をぷらぷらと動かし、中庭へと続く階段に座っていた目的の人物の名を小さな声で呼んだ。
「サクラ」
ピタリと足を止めゆっくりと顔を上げ、サクラは笑う。
「我愛羅君」
優しく笑うその表情は、どうしたのだ。と問いかけているようだった。
「今日の午後、此処を出る」
「……そう」
サクラの隣に腰を下ろし言葉を投げかけると、少しだけ目を大きくしたかと思えばゆっくりと視線を地面に向け小さく微笑んだ。
「そうだよね。何日も里を空けるわけにもいかないしね」
我愛羅からサクラの表情は見えず、黒く流れるような髪の毛が、本来のサクラの薄紅色の髪の毛を隠している事に残念だと思えた。
「増援を頼んだのか」
「うん……一応ね。昨晩の内に報告をしたわ。返答は何時来るかわからないけど時期この任務も終わりを向けるわ」
「そうか……」
二人の間に流れる沈黙。
ピィピィと何処からか聞こえる鳥の鳴き声が辺りを包む。
ゆっくりと右手を持ち上げ、サクラの白頬に触れる。
驚いたサクラは顔を上げた。
二、三回頬を撫で、我愛羅はサクラの目尻に唇を落とした。
「今度会うときは黒髪じゃないほうがいい」
ついでに、瞳もだな。
笑った我愛羅の表情に、サクラは息を呑む。
「が……愛羅、君」
言葉を発するサクラだが、一瞬ビュウゥと風が吹いたと思えばその場には砂がサラリと流れているだけだった。
「随分と気に入った娘が居たようだな」
「いやはや、我々も安心したぞ」
後に続く上役達の笑い声。
その言葉は無視をしてスタスタと吉原の出入り口まで足を進めていく。
数刻前、別れたサクラの姿を思い浮かべるようにピタリと足を止め吉原の街を静かに眺めた。
「さて、里に戻ろうかの」
上役の言葉にコクリと頷き、吉原の出入り口の門から一歩足を踏み出した。
「あ、居た!!」
聞いたことのある声。
段々と近づいてくるその気配に振り向けば、血相を変えた女の表情に胸騒ぎがした。
「ハルが、連れて行かれたっ……!!」
サクラが居る遊郭の受付の女の言葉に、頭の中が一瞬ブラックアウトを起こす。
「我愛羅!」
上役の声が遠くで聞こえた。
心臓の辺りがザワザワと煩く主張する。
幼い頃に閉じ込めた不安という感情が疼きだしていた。
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