大切にしたいから護りたい。
 大切だと思うからこそ、不安に駆られる。



 砂を纏い数刻前に訪れた遊郭に足を踏み入れれば、ざわざわと騒いでいる花魁たちの姿があった。
 鼻に残る濃い香水の香り。
 少しだけ眉間に皺を寄せたがそれに気が付くものは誰一人として居なかった。
「何があった」
「あ、アンタは……」
 屋敷の一部が壊れており、争った後が色濃く残る。
 負傷していたのは自警団の者であろう。
 苦々しい表情をしながら手当てを受けていた。

「よそ者は関係ないよ。これは私達の問題だ」
「そうさね。態々お客さんが首をつっ込む事じゃないってことさ」
 口々にする女達。

 関係ない。だったらサクラはどうなる。
 此処に居る者達からすればサクラも余所者だろう。
 そして尚且つ忍だ。目の前の女達からすれば切り捨ててもいい存在だ。

 任務の為ならば多少の犠牲も仕方あるまい。
 だがそれは任務であればこそ。

 この件に関して、俺は任務を請け負っていない。
 そんな屁理屈が頭の中を駆け巡る。
 簡単な話だ。
 要はサクラを失うわけには行かないと、心の奥が叫んでいる。

「話せ、何処に連れて行かれた」
 ひっ、と脅える声色が聞こえた気がした。
 久々に、あの目を見た。恐れられ脅えられたあの目だ。
 嫌悪感を覚え、奥歯を少しだけ噛んだ。

 我愛羅が一歩動けばジャリっと音がした。

「……ここから霧隠れへと向かう途中、山間に奴らが一時的にアジトにしている場所がある。多分其処に向かったはずだ」
 女の言葉に我愛羅は息を吐いて足を地から離した。
 サラサラと砂の粒子が当たりに漂った。




 ザザザっと草木を掻き分け、木々を伝い気配を探りながら目的地へ向かう。
 人が通った気配。
 微かに残るチャクラに目を細めた。
「……あそこか」
 吉原遊郭からそう離れていない薄暗い森の中。
 真正面から向かってくるキラリと光る何か。

 砂で弾き飛ばせば、サクリと木に刺さるそれはクナイ。
 やはり敵が居るか。
 我愛羅が思考を巡らせた瞬間、頭上から降りてくる気配。
 だが、その存在を目視するわけでもなく瓢箪に入っている砂を操り襲い掛かってくる敵を砂で拘束し、地面に叩き付けた。
「ぐぅっ!」
 男の呻き声が聞こえたがその場に放置し、更に移動速度を速める。

 サクラを攫った奴らは何かしらの追っ手が来る事は考えてるようだ。
だがそれが、影を名乗るものだと思いもしなかっただろう。

「舐められたものだ」
 中忍レベルの忍を刺客に送るとは。

 薄暗い森の出口が見えたのを確認し更に飛距離を伸ばす為に足に力を入れて駆け抜けた。

 飛び込んでくる太陽の光。
 同時に、気配を消さぬ忍びが二人。
 一人を砂で拘束し、もう一人は蹴り飛ばした。

 見えたのは小さな屋敷。
 側に着いていた船に運ばれている、ぐったりとしたサクラの姿を見つけた。
 チッと心の中で舌打ちをした我愛羅。
 サクラを運んでいる男目掛けて砂が襲い掛かる。
「砂縛柩」
「な、なんだ、この砂は!!」
 突然の事に驚く男は無視をして力なく倒れこむサクラを抱き抱えた。
「ぁ……が……ら、くん」
「いい、喋るな」
 サクラの両腕を背中で拘束している紐に術式が刻まれていた事に我愛羅は眉間に皺を寄せた。
「チャクラを吸い取る術式か」
 クナイを取り出し紐を切ると同時に、我愛羅達目掛けて手裏剣が何処からともなく飛んでくる。
 ザアアっと砂が自動で二人を護る役目を果たした。

 ゆっくりと振り向けば、姿を見せたのはビンゴブックに載っている男の姿。
翌々その男の表情を見れば、自らも薬を服用しているようで頬が痩せこけ体がガリガリになっていた。
「欲に目が眩んだ末路か……」
 ぽつりと呟いた我愛羅の言葉はサクラの耳にしか届いていなかった。

「あー、ははは! 死んだ、何も出来ずに死にやがった!!」
 大声で笑う男の声は掠れ、目が虚ろになり天を仰いでいた。