泣きたくなるほど平穏な日々を壊す足音はいつだって忍び寄ってくる。
 その足跡が聞こえた時には全てがバラバラに壊れてしまうのだ。



 ズキリと痛むは胸。
 目の前の景色が鮮血に染まるのを覚えガクンと足元から崩れ落ちた薄紅色の花。

 それを見た少女は悲痛な叫び声を上げ目の前の敵の喉元にクナイを突き刺した。

「サクラさん!!!!」


 ああまずいなぁ。
 我愛羅君に怒られるかもしれない。
 どこか他人事の様にぼんやりと巡る思考に思わず笑ってしまう。

 目の前が赤く染まり沈んでゆく意識にサクラは抗えなかった。




 ***



 平静を装い大名達とのくだらない会談を早々に切り上げ帰郷する。
 我愛羅の元に急ぎの文が届いたのは半日前。
 書き殴られたテマリの文字に心臓が止まるかと思ったのは嘘ではない。

 サクラが負傷した。緊急治療中。

 それだけで事の重大さを物語る。
 医療忍者であるサクラが負傷するという事は隊がやられたということかと思案したが
テマリの文にはサクラの負傷以外の情報は書かれていないので「サクラだけが狙われたのかもしれない」と我愛羅は結論付けた。

 はぁ、と小さく息を吐いたが呼吸をしているのすら億劫だった。

「カンクロウ急ぐぞ」
「ああ、わかってる」
 平静を装う弟から見えた動揺と焦りを察し、カンクロウは短く返事するだけに留まった。
 花が咲くように笑う女性にどうか無事であれと心の中で強く願った。



「サクラは無事だ。マツリが応急処置を施したお陰で大事には至らなかった」
 薄暗い廊下。そこはサクラが静かに眠っている病室の前。
 テマリの言葉を聴いた我愛羅は大きく息を吐いた。

「そうか」
 安心した我愛羅は一度髪を書き上げテマリに問う。
「サクラ達の対を襲った奴等は?」
「第四次忍界大戦後各里を抜けた抜け忍で構成されていた。どれもS級犯罪者だ」
「そいつ等はどうした」
 我愛羅の問いにテマリは手に持っていた紙を見て文字を追う。
「守鶴が全員始末したよ」
「守鶴が?」
 カンクロウが何故守鶴なのかと疑問に思いテマリに聞く。
「ああ、事が起こったのが砂隠れ周辺。任務遂行後帰郷途中で抜け忍グループに襲われたとの事。
奴等の狙いは最初からサクラのみだったらしい。忍の一人が「風影の女か」という発言をしたと聞く」
「……っち」
 テマリの言葉に我愛羅は舌打ちをする。
「続けるぞ。守鶴曰く、今日サクラが帰ってくるのを知っていたらしい。何でも土産を早く受け取りたかったらしく
砂でサーフィンをしていたがサクラ達が中々帰ってこないのに不思議に思い砂に生きる生物を使って探せば、
戦闘している人間が居ると聞き、向かった先でサクラが倒れるのを目撃したそうだ」
「あいつめ……」
 第四次忍界大戦後、砂隠れをそれなりに護るという約束で里近郊に住み着いた守鶴が悠々自適に サーフィンをしている姿を想像し、我愛羅は思わず眉間に皺を寄せた。

「だけど今回は守鶴に感謝じゃん。守鶴がどれだけ暴れたかは知らないが」
 廊下に備え付けてある椅子に座りながらカンクロウは、守鶴の恐ろしさと無邪気さに子供の頃の恐怖が少しだけ蘇った。

 テマリは報告書に最下部に書かれていた守鶴の残忍さを伝える事はないかと見なかった事にした。


「後、気になることをマツリと守鶴から聞いた」
「なんだ」
 我愛羅の短い返答にテマリは持っていた報告書が汚れないように腕を組み、少しだけ考えて発言した。

「どうも、今回が初めてじゃないらしい」
「はぁ?」
 テマリの言葉に声を上げたのはカンクロウ。
「どういうことじゃん」
「過去に何度かサクラと任務に出た忍やマツリ達が言うにはサクラに近づく怪しい輩を見たことがあると。
ただのナンパ目的かと思っていたらしい。まぁ、サクラ自身が殴り飛ばしたとも聞いた。
後、守鶴がサクラの元に何度か訪れた時にも気配を感じたそうだ」
「あいつ等め……」
 カンクロウは何でそんな重要な事を話さなかったのか、と呟いたが今まで全てサクラが秘密裏に処理をしてきていたのだろうと考え付く。

「砂を潰す為か、もしくは俺自身を誘き寄せるためか……」
 どちらの可能性もありえるな。と我愛羅は溜息を吐き額を押さえた。
 我愛羅自身、影という立場を理解している。
 名が知られれば命を狙われる危険が伴う事も。
 先の戦争で忍連合軍の隊長として活動した我愛羅は、良くも悪くもその名と顔を知られていた。

 そんな折、サクラと恋仲になり紆余曲折あったが夫婦として誓いを立てた。
 公式的な場に出る事は極力控える事、どの里から訪問者が来るか解らぬゆえ例え護衛をつけたとしても危険は伴う。
 それを理解しているサクラは問題なく了承していた。
 だからこそサクラは部下になるマツリには呼び捨てでいいと再三言ったが、マツリ自身がそんなことは出来ぬと頑なだったので妥協して「さん」づけになったのだ。
 我愛羅がしまったな、と思ったのは里の者達がサクラの事を、女神やら聖女やらと祭っていた事。
 気がついたときには「サクラ様、サクラ様」と里の者が皆口を揃えて言っていた。

 あの風影を射止めたのはあのお方か! やらあの我愛羅様に嫁いでくる女性はどんな人物だと砂隠れの里は二人の話題で未だ持ちきりなのである。
 そうなってしまった事に我愛羅は少々反省した事は記憶に新しい。

「……仕方があるまい」
 それは誰にでもなく自分自身に言い聞かせるようには呟いた我愛羅の言葉に、
テマリとカンクロウは少しだけ目を伏せていた。

「サクラに任務をさせない。基本、里からも出させない」
 我愛羅のその決断は、正しいかどうか今この場に居る三人には分からなかった。

 ガラス越しに見えた、寝ているサクラに視線を向け我愛羅は心に影を落とす。

 活動範囲を狭め、自由を与えず限られた所でのみでの生活を強いる。
 まるで、籠の中の鳥のようだと我愛羅は思う。
 だが、たとえ恨まれようと憎まれようとサクラを「護る」方法はこれしかないのだ。

 病室のガラスに触れサクラを眺めていた我愛羅をテマリとカンクロウはただ見ているしかなかった。