サクラにとって我愛羅は夫であり上司である。
里の長である我愛羅の下した判断は絶対条件でもある。
今まで無理な条件でも、無謀といえる事もサクラは了承し期待に応えて来たが
今回の我愛羅の発言にサクラは「はい、そうですか」とそう簡単に言う事ができなかった。
ぐらりと目元が真っ暗に鳴る感覚に少しだけ足に力を入れた。
「どういうことよ」
「どうもこうも言った通りだ。お前を任務に同行させない里外への外出も極力禁じる」
執務室の椅子に座り、眉間に皺を入れ我愛羅はサクラを真っ直ぐ見た。
歯痒く奥歯を噛み締めるサクラの表情に我愛羅は「何故」と疑問に思う。
サクラは力を吸収する事に関して言えば貪欲だ。一歩間違えば道を踏み外してしまいそうなほどに貪欲すぎるのだ。
「任務に同行させる医療忍者はどうするの、数えるほどしかいないのよ」
「……それは追々考える」
サクラの言う事は尤もだ。
砂隠れは木の葉や他里に比べると医療技術は乏しい。
傀儡部隊の影響か、どちらかというと毒物や薬物を取り入れた人を救う事より人の命をいかに奪うかに長けている。
その為A級任務やS級任務遂行時の生存確率はそこまで高くない。
助かるはずの命がその場で尽きているのが現状だ。
先の戦争で医療忍者の存在がいかに重要かを認識した我愛羅だったが、如何せん医者も医療忍者も数少ないというのが砂の現状。
任務遂行時基本となるのが三人一組のスリーマンセルに医療忍者を組み込む事はほぼ不可能に近かった。
そこで白羽の矢が立ったのがサクラだ。
下位レベルの任務は医療忍者不在、もしくは元々居る数少ない医療忍者を同行させ、
A級任務やS級任務にはサクラもしくは元々居る医療忍者で手練の者をを同行させるように決めたのだ。
「とにかく、お前は任務には出さん。決定だ」
「納得できない!」
ツカツカと机の前に歩み寄るサクラに我愛羅は視線を外した。
「我愛羅君!」
強い口調で我愛羅の名を呼ぶサクラ。
正直、この時我愛羅は苛々していたのかもしれない。
納得をしないサクラに、サクラを襲った忍達にも、医療忍者が足りない事にも。
多分全てに苛々していたのであろう。
「納得できなくていい、今日からお前は家に居ろ」
ガタリと椅子から立ち上がり、サクラを見下ろす我愛羅の物言いにサクラは思わず呼吸が止まるかと思った。
「……おい、我愛羅」
二人の様子を椅子に座り見ていたテマリは二人の会話を遮ろうと我愛羅の名を読んだがそれ以上言葉が出てこなかった。
テマリからはサクラの表情は見えなかったが、肩を震わしているのが分かったからだ。
「そう、それが答えなのね」
呟くサクラの言葉に我愛羅はドキリとした。
自ら発した言葉が確実にサクラを傷つけたであろう事に。
怒鳴り散らすのかと思っていたサクラは少し伏せ目がちで、ゆらゆらと瞳が揺れていた。
まるで、絶望するかのような表情をし、サクラは逃げるように部屋方飛び出した。
「サクラ!」
テマリが名を呼んだがサクラは振り返る事はしなかった。
我愛羅の発言をどう受け取ったのであろうかとテマリは頭を悩ませた。
サクラが出て行った後の執務室。
我愛羅は少しだけ大きく息を吐いて椅子に座り天井を見た。
「いいのか、追いかけなくて」
「……放っておけ、後で家で話し合う」
テマリの言葉に我愛羅は額を抑え目を瞑る。
何故こうも上手くいかないのだろうか。
大切なものほど傷つけてしまう自分に嫌気が差していた。
***
力のない自分が嫌いだ。
いつだって足手纏いで、役立たずで。
みんなの背中を見ている事しか出来ない自分が嫌いだと、サクラは自分で自分の心を傷つける言葉を呟く事がいつの間にか癖になっていた。
先の戦争で、結局自分は何が出来たのだろうか。
一歩、近づけたと思えば皆はもっと先に進んでしまう。
必死に足掻いて、足掻き続けても届かない事を知る。サクラの心は思ったよりもボロボロになっていた。
全速力で走って走って、走り続けて。どこか遠くへ行ってしまいたかった。
呼吸が乱れる事も構わず、ただひたすらに走り続ける。
大きな声を上げて泣いてしまいたかった。
「はぁ、はぁ……はっ! うぅ……っ!」
砂と木の葉の国境。
振り返れば一面に見えた砂の世界。
吹き荒れる砂嵐がまるでサクラは拒まれているような気がしていた。
『サクラは凄いな』
いつの日か、我愛羅が言った短くも優しい言葉だった。
修行で汚れ、薬品を扱う掌はとてもじゃないが綺麗ではない。
下手をすれば我愛羅の掌の方が綺麗なんじゃないかと思えるほど。
サクラの掌を我愛羅が労わるように優しく撫でてくれた。
それだけで報われて気がしたのだ。
今までの苦労も、努力も流してきた涙も、全て許された気がした。
ナルトやサスケには結局追いつけなかった。
共に戦う事はできなくて、子供の頃から何も変わらず、あの二人からすれば自分はどうしたって守られる立場なのだと理解した。
少し近づけば、二人は走って立ち止まって。また近づけば走っていく。
その堂々巡りにサクラがとうとう諦めてしまった。
そんなときに言い渡された砂への派遣。
若くして影となった我愛羅もとても苦労していたのだとサクラは知る。
慣れぬ医療の知識に頭を悩ませる我愛羅を見て、普段平然としているその表情からは想像もしていなかった一面を知った。
気がつけば互いに仕事の愚痴を言い合い一晩共に酒を飲み明かした事もあった。
我愛羅から伸ばされた腕を掴んだのはサクラだ。
共に生きて、この人の役に立ちたいと思ったのだ。
サクラにとって医療忍者として生きていくことが繋がりであり自分の存在を認めてもらう手段となった。
それを否定された気がした。
もう自分は要らないのだと言われた気がした。
自分の存在を、我愛羅にも否定されてしまった気がした。
はらりとサクラの頬を流れた涙は地面に落ちて、砂の中に消えていた。
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