「ひっくっ……ふっ……!」
君は誰?
どうして泣いてるの。
薄暗い森の中。
何処からともなく吹く風がざわざわと木々を揺らす。
声を押し殺して辛そうに泣く幼い少女。
自分以外誰も居ないと思っていた少女は突然聞こえた声に肩をビクリと震わせた。
「だ……誰かいるの?」
ヒクリ、ヒクリと喉を鳴らし必死で涙を止めようとする。
だが、涙を止めようとすればするほど大量の涙が大きな翡翠の瞳から滝のように零れ落ちた。
『わわ、泣かないで。えっとねぇ、えっとねぇ。ほら!』
焦ったその声の主は、泣き腫らす少女の目の前に何かを差し出しす。
ズイっと目の前に現れる物体があまりにも近すぎて、少女は分からず瞬きを何度か繰り返した。
「う……うさぎさん!」
くりっとした目に大きく垂れる耳。
少女の体と変わらないぐらいの大きさのそれは、うさぎのぬいぐるみ。
両手をいっぱい広げ、少女が思わずぎゅうっと抱きつけばその姿はもう少女なのか、うさぎのぬいぐるみなのか分からなかった。
『それあげるから泣かないで』
うさぎのぬいぐるみに顔を埋めていた少女が少しだけ顔を上げる。
さらりと流れるのは、少女の顔を隠すような長い前髪。
その隙間から恐る恐るのぞき見れば目の前には少女より、少しだけ年上の少年の姿があった。
『君が辛くなったらここにおいで。僕が一緒に居てあげるから。
ここは苦しい事も悲しい事も何もないから。ずっと笑っていられる』
だから……
ザアアアと一際大きな風が吹けば、少年の言葉は聞き取れなかった。
ズキリと痛む心臓。
少女はぎゅっと胸を押さえたが直ぐに痛みは引いていく。
少年を見ると、ただ、薄っすらと笑っていた。
『花が咲いたらまた会いましょう。だって君はもう僕のものだから』
***
カツカツカツと響く靴音。
その音は何かから必死で逃げていた。
「っは、はぁ、はぁ……!」
暗い夜道。
まるで町全体が寝静まってしまったかのようで、走っている女以外誰も居ない。
「なんで……!!」
誰も居ないのか。
そう口から出そうだった言葉は、後ろを振り向いた瞬間に遮断する。
「んぐぅ……!!」
口を押さえられ叫ぶ事すら儘ならない。
ただ、恐怖が女を支配する。
「お前なのか」
暗闇に響くは男の声。
女が目を見開けば、胸元から焼けるような痛み。
「んうううううぅう!!!」
全身を焦がすような痛みに叫んだ女の声は、男の掌の中で木霊する。
「違う……花が咲かない……」
ガクリと崩れ落ちる女を見て男は女から手を離しボソリと呟いた。
「あの女さえ差し出せば、生き返られるというのに……」
チッと舌打ちをした男は倒れた女を放置してゆらりと闇に消えていく。
「っ、なんて酷い……!」
「……一体誰がこんな事を」
ごろりと転がるその物体を見て、仮面の下で男達は悲しんだ。
青空の下、一人の女が事切れていた。
空は快晴。
澄み切った空気が辺りを包む。
生温い風が、さらさらと砂を舞わせ不吉な風を運んでいた。
2:落とさるるのは
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