満月はキラキラと輝いて。
まるで寝ている者達を無限の世界へと誘う様に静かにそこに存在している。
それはまるで、嵐の前の静けさのようだった。
尋問は正直得意じゃない。
目の前の光景に溜息と共にガリガリと頭を掻く。
「どうだ、何か分かりそうか」
術式の真ん中には昼間捕らえた商人風の男が一人。
忍でもなさそうな男が一連の事件の犯人だと、カンクロウはどうも思えなかった。
「いえ、これと言った情報は得られてません。何か封印式が施されている感じが……」
「封印式だと? 一体……」
商人風の男に視線を向ければ男はぶつぶつと小声で何かを言い始めていた。
「……しらない、俺は何も知らない。知らないしらないシラナイシラナイ!
アイツガ、あいつが……、あいつがぁ!!」
頭を抱え叫びながら蹲る男。
目を見開き、突然顔を上げたかと思えば、額に浮かび上がるのはサクラと同じ呪印。
「カンクロウ様、あれは!」
「サクラと同じ呪印!」
身構えるカンクロウと暗部の忍。
「連れて行けば、あの女さえ連れて行けばああぁアアァァ!」
男の額に浮かび上がった呪印が禍々しく光だし、男を黒い炎が焼き尽くす。
「ギャアアアァァァ!!」
男の断末魔が部屋に響き渡る。
カンクロウ達の目の前で男は燃え尽き、動かなくなった。
「待て、近づくな」
暗部の一人が男だったものに近づこうとするのをカンクロウが止めた。
傀儡の烏にチャクラ糸を貼り付け、男だったものまで動かした。
「これは……」
烏が持ち上げた物体。
服は焼けずに残り、物体を掴めばドロリと溶ける。
液体のように溶けた中に残ったのは、男の頭蓋骨だけだった。
***
キラキラ輝く陽の光。
髪を引っ張られ、馬鹿にされ追いかけられ、ただ、ただ、泣きじゃくるしかなかった。
嫌だ、やめてよ。
喉から声が出てこなくて、ゴクリと言葉を飲み込んだ。
せせら笑う声が耳につく。
気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。
耳を押さえ目を瞑り、ただ逃げたくて。
薄紅色の髪を振り助けを求めて只管走る。
「うぐ……、うわあああああ」
滝のように流れる涙は頬を伝い地面を濡らす。
涙を止めようと思えば思うほど溢れ出てくる涙は止まらない。
いつの間にか座り込んで蹲り泣きじゃくる自分が嫌いだった。
『また、泣いているの?』
カサリと聞こえた草を踏む音。
涙で汚れた顔を上げれば、大きな木の背後から姿を現した少年の姿。
「あ……」
『泣き虫だね、君って』
目の前に差し出された一輪の花。
「わぁ、キレイ!」
『そうかい? もっとあるよ』
ニコニコ笑った少年はまるで手品のように掌から次々に花が出現する。
「わー! 凄い!」
長い前髪の隙間から目の前の光景を驚いて見ていた。
『ふふ、僕はね、この花が好きなんだ』
少年が優しい表情で見る小さな花。
手渡されたその花を見つめる。
『その花はね、勿忘草って言うんだよ』
どこか寂しそうに言う少年。
ハラリと何故だか涙が零れた。
『僕を、忘れないで』
勿忘草を持つ手を包まれるように少年は握り締めてくる。
少し蒸し暑い時期なのに、氷の様に冷たい手に驚いた。
少しばかりだが、怖くなった。
少年の手が、ゆっくりと動き頬に触れる。
髪を撫でられたかと思うと、髪を梳き唇を落とした。
闇の様な黒い、黒い瞳と視線がぶつかる。
『僕を、忘れないで』
少年の言葉に寒気がした。
体ではなく、魂が震える感覚がした。
怖くなって走って、走って、走り続けて無我夢中で親の元まで帰った。
それからあの場所へは一度も足を踏み入れていない。
深い深い森の奥。
僅かばかりに陽の光が当る森。
気がつけば、立ち入り禁止の看板が立てられていた。
あの子はどうしたのだろう。
ふと頭を過ぎる記憶。もう顔も思い出せない。
名前すら知らない少年の記憶。
ぼくをわすれないで
頭の中で響いた気がした声に怖くなって、蓋をした。
二度と思い出さぬように。二度とこの声を聞かなくていいように。
記憶の奥底に落としこんで頑丈に蓋をした。
ズキズキと痛む心臓も、気のせいだと何度も繰り返し思えばいつの間にか消えていた。
消えていた、筈なのに。
気だるい感覚に、ゆっくりと瞼を持ち上げる。
このアングルからここの天井を見るのは初めてだ。
そんな事をぼんやりと思い、真っ暗な部屋に差し込む一筋の光に顔を向ける。
窓から見るのは怖いぐらい輝く満月。
頑丈に蓋をしていたはずなのに。その蓋がカタカタと動き始める。
いつかの少年と別れたあの日の太陽と、満月が重なる。
ドクリと大きく跳ねる心臓。
呼吸が儘ならなく、胸を押さえ大きく息を吐く。腕に繋がれている点滴の針が無造作に外れた。
ナースコールで人を呼ぼうにも腕が自由に動かない。
体中に流れる血液が主張する様で気持ちが悪い!
声にならぬ声で「助けて」と叫びたかった。
夜の砂漠を流れる雲が月を閉じ込め世界を闇へと変えていく。
カタカタと震えるのは窓の音。
木の葉の忍、春野サクラは忽然と姿を消していた。
風に揺れるカーテンだけが虚しく存在した。
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