山中いのが春野サクラという少女に出会ったとき、少女はよく泣く子だった。
一緒に遊んでいたりしてもふらりとどこかに行き姿をよく消していた。
幼いサクラからよく聞いていた「男の子と会った」という事。
サクラの口からよく聞く男の子とは結局会えずじまいのまま、いつしかサクラはその子の話をしなくなっていた。
いつか聞いた男の子から貰ったと言っていたうさぎのぬいぐるみも、いつの間にか持ってこなくなっていた。
バタバタと街中を走その姿を一般人は目で追った。
何かあったのだろうかと二人を見る視線は無視し、目的の場所に降り立ち顔を見合わせた。
「すみませーん」
玄関の呼び鈴を鳴らし、いのは大きな声で呼びかける。
微かに感じた人の気配に二人は玄関が開くのを待った。
「はーい、あら。いのちゃんにナルト君じゃないかい。どうしたの?」
玄関から姿を現したのはサクラの母、春野メブキの姿。
「こんにちは!」
にこりと笑ういのにメブキは「一体どうしたんだい? サクラはいないよ」と二人の顔を見て首を傾げた。
その仕草がサクラに似ているなと思い、サクラの実家に来た理由を頭に浮かべた。
「どうするんだってばよ」
小声でいのに耳打ちするナルトはまさかサクラちゃんが今ここに居ないことを言うのか? と視線だけで訴えれば、
いのは「アンタじゃないからちゃんと考えてるわよ!」と小声で返すと同時にナルトの手の甲を力いっぱい抓った。
「いってー!!」
抓られた手の甲を摩りなナルトが蹲るのを他所にいのはにこりと人のいい笑みを浮かべた。
「すみません、サクラが荷物を忘れたみたいで代わりに取りに来たんです」
「あら、そうなのかい。まったくあの子は……幾つになってもいのちゃんに迷惑かけて!」
「いえ、今任務で里外に出てますので、後を追う人に持って行ってもらう予定です」
「悪いねぇ……上がっておくれよ」
メブキは眉を下げ笑い、いのとナルトを家の中に入れると、いのの「おじゃまします」の言葉を聴き、
ナルトも慌てて「お邪魔するってばよ!」と続け、サクラの実家に足を踏み入れた。
「それにしてもよく咄嗟にあんな嘘が浮かんだよなー」
サクラが使っていた部屋の扉を開けるとそこに今、サクラが一人暮らししているアパートには入りきれない量の荷物が押し込められていた。
「嘘じゃないわよ。実際に"サクラが忘れていた物"を取りに来たんだし」
心外だという視線をナルトに向ければ、部屋にある本棚を見てナルトは顔を顰めた。
「すっげぇなサクラちゃん、こんな本読んでんのか?」
一冊手に取り中身を見たがまったく読む気になれなかったナルトはすぐさま元にあった所に本を仕舞う。
「読んでるって言うより読み終わった本よ。そこら辺の医学書や哲学。政治学は……ホント、何が楽しいのかしら」
室内の押入れを開ければ少し舞う埃。
手で埃を払いいのは思う。ここまで必死になっても、血眼になってもあの子は報われたと思っていないのよね、と。
一度だけ、泣き言を言ったサクラを抱きしめる事しかできなかったいのは少しだけ心に影が落ちた気がした。
「おい、いの。なんか嫌な感じがするってばよ」
押入れを空けた途端にナルトが顔を顰め、じっと押入れを見つめた。
「何よ、変なこと言わないでよ……まさかお化けでも出るって言うの?」
眉を吊り上げ、押入れにあったダンボールに触れたいのは一瞬手が止まる。
「どうした?」
「……いいや、なんでもない」
ナルトが言った事は強ち嘘ではないのかもしれない。
どうしてサクラはこうも巻き込まれやすい体質なのかしら。と頭の片隅で過ぎればいのは目的のものがそこにあると確信した。
ゆっくりとダンボールをあければそこに入っていたのはサクラが幼少の時に使っていたであろう服や玩具。
その中に見えたぬいぐるみの耳。
いのはギュッと眉間に皺を寄せ勢いよく引き抜いた。
「うわ! なんだそれ……」
「……なにって、ぬいぐるみよ」
ナルトが恐々と見つめるのはいのが掴んだうさぎのぬいぐるみ。
少し黒ずみ、血に濡れたような真っ赤なベストを着てその背中には花のマークを流用した家紋が記されていた。
「何かしら、このうさぎの胸の辺りに何か模様があるわよ……」
「汚れじゃねーの?」
「違うわよ!」
アンタ本当に馬鹿ねーという視線をいのに向けられ、ナルトはひくりと口元を歪ませた。
「本当にコレで何かわかんのかよ」
「そんなことこっちが知りたいわよ! 仕方ないでしょ!」
ぎゅむっとナルトにぬいぐるみを押し付け、いのはダンボールの蓋を閉め押入れの戸をさっさと閉めた。
「忘れ物は有ったかい?」
「あ、はい! ありました」
部屋にひょこりと顔を見せたメブキに、いのは頷き近くにあった医学書を無造作に手に取った。
「そうかい、そりゃよかったよ」
「はい! ほら、ナルトさっさと行くわよ!」
「お、おう!」
何となく、ぬいぐるみを見られてはいけないと思ったナルトは上着の中にうさぎのぬいぐるみを
隠し上から手で押さえ、ぎこちない動きでいのの後を追う。
「あ、いのちゃん」
走り出そうとしていたいのとナルトはメブキの声で足を止めた。
「はい!」
くるりと振り返りいのはメブキの顔をしっかりと見つめた。
「サクラにたまには帰ってくるように言っておいて頂戴」
にこりと笑ったメブキの顔を見て、手に持っていた医学書にいのは少しだけ力が入った。
「はい、言っておきますね!」
心に募る不安を振り払うようにいのは笑って答えるしかなかった。
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