チリチリと胸元が煩いと感じていた綱手は貧乏ゆすりをしていた自分に気が付き、盛大に溜息を吐き持っていた筆を投げるように机に放り投げた。
不安が消えるどころか更に強くなる感覚に舌打ちをする。

「こういう時の勘は嫌と言うほど当たるんだ」

 両手を机の上で組み、手の甲に額を乗せて呟いた綱手は愛弟子であるサクラの身を案じると共に
何か忘れてはいけない事を忘れているような気がしていた。



 執務室の扉の前。
気配を感じ相手が声をあげる前に綱手は頬杖をついた。
「入りな」

 綱手の言葉に、失礼します。と言いながら扉を開けたのはカカシとシカマルとネジの姿。

「何か分かったのか」
「分かった、と言うより何かしらの糸口が見つかったかも知れません」
 綱手の言葉に答えたのはカカシ。なんとも明確な答えではない事に綱手は大きく溜息を吐き腕を組んだ。

「と言うのはなんだ、話せ」
 威圧するような綱手の声色にシカマルとネジは綱手の機嫌が相当悪いと理解する。

「あの家紋のようなものをいのが見たことあると言ってました」
「いのが?」
 ネジの言葉に眉を潜めどういうことだと視線で訴えかける。

「どうも、幼少の頃サクラが"誰かから貰ったぬいぐるみ"というのにその家紋を見たということらしいです。
今いのとナルトがそれを確認する為にサクラの家に確認しに行ってます」
「ぬいぐるみ……?」
 シカマルの報告に綱手は考え、頬杖をついた。 

「もし、そのぬいぐるみが例の家紋と一致した場合はサクラを狙った可能性が高いと言う事だな」
「あくまで予想ですがね……そうじゃない事を願いたいです」
 綱手の言葉にコクリ頷いたカカシは杞憂であれば言いと願った。



「ばーちゃん!!」

 時は夕刻。
 無遠慮に扉が開かれた扉から姿を黄色い頭が二つ。

「いの、どうだった」
 二人の姿を認識したシカマルがいのに問いかければ「うん」と頷いた。

「これだってばよ」

 そろりと上着の中から出したのは薄汚れたうさぎのぬいぐるみ。
綱手の目の前にポスンと置いたが、特に変わった所はなさそうだと綱手は目を凝らせばそのぬいぐるみに違和感を感じた。

「これは……!」
 綱手はうさぎのぬいぐるみを見て眉間に皺を寄せる。

「綱手様、どうか……」
 しましたか? といのが問おうとすれば更にぎゅっと目を細めカカシを見る。

「カカシ、分かるか」
「……これは」
 綱手の言葉にカカシも同様に少しだけ眉間に皺を入れそのぬいぐるみを見つめた。

「え、一体どうしたんだよ! ばーちゃんもカカシ先生も!」
 ナルトが声をあげ二人の顔を交互に見て声を上げる。

「血だ……これは」
 綱手がそのぬいぐるみを持ちうさぎが着ているベストを触り少しだけ目を伏せた。

「えええ!?」
「こ、これ!?」

 ナルトといのは互いに顔を見合わせ、嘘!? と声をあげ、ナルトは悪寒が走ったのか両腕を摩っていた。

「血……とかまたなんで」
「知らん……だがこのベストにある家紋……なんの花だったか……」
 現物を見ても思い出せない綱手がぬいぐるみを置いて額を擦るといのが、あのっと恐る恐る声を出した。

「どうした?」
「あ、その花"勿忘草"ですよね?」
「そうか、いのは実家が花屋だったな」
 ネジがいのの実家を思い出せば、いのはうん、うんと頷いた。

「……勿忘草!!」
 ガタリと椅子から立ち上がり声を上げた綱手は目を見開き、ゆらりと瞳を揺らす。

「綱手様……?」
 カカシが綱手の名を呼んだ瞬間、部屋の中がゾワリと嫌な空気を纏った。

 その空気に綱手は持っていたぬいぐるみを素早く放し、一歩距離と取った瞬間、
うさぎのぬいぐるみから黒く蠢く触手のような何かが飛び出した。

「綱手様!」
「八卦空掌!」
 咄嗟にクナイでその触手を弾き飛ばしたカカシにぬいぐるみを吹っ飛ばしたネジ。
ダンッ!! と壁にぶつかるぬいぐるみはそのまま床に落ちたが、胸の辺りでの模様はまるで生きているかのように蠢いていた。

「なんだありゃぁ……」
 目を凝らして見てみるもただのうさぎのぬいぐるみにしか見えないシカマルは目の前で起こっている怪奇現象にヒクリと口を歪ませた。
「オバケ!? オバケなのか!?」
「知らないわよ! そんなこと!」

 今までそのぬいぐるみを持っていたナルトといのの二人は背筋が凍るのを覚え、呪われてないだろうなと考える。


 ピクリと動いたうさぎの耳。
それはなにかを見つけたようでギギギと首を動かして出入り口辺りで騒いでいたナルトといのを見た。

『お前だな……』

 聞こえてきたのは声。
部屋の中をゾワリと寒気が包み込む。


『お前が、僕から、奪ったんだな……』
 一体何のことを言っているのか。
ぬいぐるみを見つめる面々は響くような声に耳を傾ける。

 聞こえてきた声は幼い子供の声だった。




『お前が僕からサクラを奪ったんだ』

 聞いた事も無いはずのその声に、ああ、そうかと理解をしたのはいのだった。
ジワジワと蠢いたぬいぐるみの模様は全体を覆いつくし胸元から勢いよく触手が伸びた。
 スルリと伸びる触手は迷い無くいの目掛け伸びていく。


 ダアアアンッ!!!

 火影塔を揺らす振動。
それはうさぎのぬいぐるみをチャクラを纏った拳で殴りつけた綱手の一振り。

 床にめりこんだうさぎのぬいぐるみは、そのまま動かなくなってしまった。