フラフラとまどろむ意識の中、暗い暗い道をただ歩いていく。
何かに誘われるように、何かを求めるようにただ歩いていく。
 とても甘い、鼻をくすぐり脳を支配するようなとても甘い香り。
ゆっくりと、とてもゆっくりと二回瞬きをして目の前の光景に体が勝手に歩いていく。

 寒くて薄暗くてじめじめしていて。
だけどどこからか香る甘い香りは初めてではないと体が覚えている。

『待ってたよ……ずっと、ずっと……』

 じわりと胸元から広がる痛み。そして遠のく意識に体を委ねてしまえばガクリと膝から崩れ落ち雨と木の匂いに包まれた。

『君は僕のだ……僕の物だよ』
 額に掛かる髪をさらりと流し、目尻を触り幼い手は頬を撫で耳に触れる。

『サクラ、サクラ……』
 幼い口から零れた名前に意識の無いサクラは返事をするはずも無かった。





 ***


「では、行きますか!」
「おうよ!」
「ちょっとあんまり無茶しないでよね!」

 三者三様に里の出入り口にて、口から出た言葉にネジとシカマルは頭を押さえた。

「おい、お前等いいか、今回はこの事件の解決だ」
「砂隠れで合流するサスケとサイを含め、風影の指示に従うんだ。いいな!特にナルト!」

 シカマルとネジの言葉に、子供のようにふーんと顔を背けたナルトは「なんで我愛羅の言う事なんか!」と
腕を組んで文句を言っていたが「圧倒的な経験の差だ」とシカマルに言われてしまい歯軋りをするしかなかった。

「リー、ナルトの暴走を止めろよ」
「任せて下さい! ナルト君の事は僕が引き受けます! そしてサクラさんも助けて見せます!」
 ビシィ! と親指を立てキラリと光る白い歯を見せ付けるとネジは内心、心配だ。と呟いた。

「いの道中こいつ等の回復とサポートは頼むぜ」
「分かってるわよ。それよりそっちこそ頼んだわよ」
「おう」
 いのにピシャリと言われシカマルは首筋を一度掻いて溜息を吐いた。

「今執務室に行きたくねぇ……」
「右に同じく……」
 はぁ、と大きな溜息を吐くシカマルとネジにナルトは笑いながら「んじゃ、行くってばよ!」と気合を入れた。
 






 事の発端は早朝、砂から送られてきた伝書にあった。
朝から綱手の怒号を聞いたシズネは堪ったもんじゃないと内心思ったが砂からの伝書みかかれてたあったことを理解すれば仕方が無い。と納得させた。

「我愛羅は何をしている!」

 我愛羅からの伝書に目を通した途端、顔色を変え机を叩いた綱手は声を荒げた。
嫌な予感が的中したのだ。
 こんな時ばかりよく当たる! と内心思いながら綱手はシズネに命を下す。

「今すぐ砂に小隊を送れ! 別任務で出ているサイから返書が来た。負傷した木の葉丸をガイが連れ帰るとの事だ。
ったく……サイとサスケだけで向かっている。あの二人が大人しく我愛羅の言う事を聞くと思うか?」
 綱手の呆れた言葉シズネは苦笑いをし、いいえ。と首を振った。

「では、誰を向かわせますか」
「そうだな……」
 顎に手を当て考える綱手は、ふと顔を上げ扉を見た。

「失礼します」
「入れ!」
 ガチャリと開かれた扉から姿を現したのは書類を持ったヤマトの姿。
少し荒れた様子の室内を見て、なにかまずい時に来たのではないかとヤマトの脳裏を掠めた。

「何か分かったのか」
「はい、やはり綱手様の言われたとおりでした」


 昨日、いのが話したことの裏づけを取るため綱手はヤマトに、
閉鎖された訓練所と過去に暗部が発見した少女の洗い出しを命じていた。

「十数年前、一人の少女が行方不明になる事件が発生してました。その子の名前は書き記されていませんでしたが……
その子は酷く脅えた様子で『忘れなきゃ、忘れなきゃ』と呟いていたようです。
当時その事件を担当した忍の間では『ご神木には近づくな』と言う言葉が広がったそうです」
「ご神木ねぇ……」
 ヤマトの報告に綱手は、続けろと話を促せば、コクリと頷きヤマトは紙面に目を向ける。

「その『ご神木』と言うものは神々しい、と言うよりも恐々しいという印象だったようです。
薄暗い閉鎖的な森の中に唯一太陽が届く場所。まるで獲物を待っているように存在していたそうです」
 その言葉に疑問に思った綱手は机に肘を付き、頬杖をし眉を吊り上げた。

「ヤマト"存在していた"とはなんだ」
 鋭くなる綱手の言葉にコクリと頷いたヤマトは綱手を真っ直ぐ見て言葉を紡ぐ。

「その言葉の通りです。"存在していた"が今はそこにそのご神木はありません」
「無いだなんて……ご神木がそう簡単に無くなるとは思えないんですが」
「通常ならばそうですね。ですがそのご神木は全ての病が治る万薬の木と言われていたそうです。
それに目をつけたどこぞの大名が抜け忍達を使い切り倒したと聞きました」

「万薬の木ねぇ……そんなもんなんてありゃしないよ」
 そんなものがあれば医者なんて要らないさ。と溜息を吐く綱手にシズネは「そうですね」と頷いた。

「そしてその切り倒されたご神木はどこに?」
「木の葉を越え、砂隠れまで運ばれた所で消息を絶っています」
「砂、か……」
 その報告を聞き、綱手は確定だな。と心の中で呟いた。


「先ほど、我愛羅から連絡が有ってな……」
「風影からですか」
「ええ、昨晩サクラが行方不明になったらしいです……」
「ええ!?」

 綱手が額を押さえながら我愛羅から届いた伝書を広げ溜息を吐く。
苛々しているのが見て分かる綱手と、目を伏せるシズネを見たヤマトは少し眉を下げ言葉を発した。

「サクラが行方不明になったかもしれませんが、それだけではまだ情報が……」
「ばーちゃん! どういうことだってばよ!!」

 バンッ!! とヤマトの声を遮り扉を開け放ち姿を現したナルトは酷く動揺しながら綱手に問いかけた。
「聞いていたのか……」
 厄介なのに聞かれたな、と眉間に皺を寄せた綱手は本日何度目か分からぬ溜息を吐いた。

「ばーちゃん! 俺を砂に行かせてくれ!!」
 綱手の目の前まで足を進め、バン! と机に両手を着いたナルトの空のように青い瞳がゆらりと揺れた。

 今の現状、砂に向かったサイとサスケ。この二人だけでどうにかできるとも思えぬし、サイはともかくサスケが我愛羅の指示に従うとは思えない。
かと言ってナルトが向かった所で状況が好転するとも思えない。
輪をかけて悪化するだけなのが目に見えている。
木の葉丸を連れてガイが帰ってくるのが悔やまれる。ガイぐらい強引でないと収集がつかないだろう。

 綱手が頭を悩ませているいる中「ばーちゃん!!」とナルトが催促するように綱手に向かって声をかけた。

「煩い!! 少しは黙れんのか!!」
 ダンッ!! と机を叩く綱手にビクリと肩を震わせたナルトは一歩後ずさる。

「……わかった。ナルトお前を砂に行かせよう」
「本当か!」
「ああ、だがリーといのを連れて行け」
 その言葉にシズネが首をかしげる。

「リー君ですか……?」

「なんだかわかんねーけど、分かったってばよ!いのとゲジマユ連れて行けばいいんだな!」
「用意が出来次第直ぐに砂に向かえ」
「おう!」

 バタバタと走って執務室を出て行くナルトに、アイツは本当に忍かと綱手は問いかけたくなった。

「リー君ですか。いいかもしれませんね」
 ナルトが出て行くのを見送ってヤマトは綱手の案に頷きながら答えた。

「上手い具合にストッパーになってくれればいいんだがな……」
「そうですね、上手くいくといいですね……」


 綱手の表情から、ほんの少しだけ焦りの色が見えていた。



4:共闘