まるで誘われるように砂を滑り後を追いかければ一段とじめりとした場所。
雨と土の匂いがあたりを漂う。
蛞蝓でも出てきそうだな。と考えながら目の前を駆ける影を追う。
ズザザザザと影が四散して消えたかと思えば一際広い場所にたどり着く。
そこはまるで一つの森の中のような場所。
微かに届く陽の光。
人の気配を感じあたりを見渡せば不気味に輝く、一際大きな木の下に横たわる薄紅色の髪が見えた。
「サクラ……!」
目を凝らしあたりを探る。
近づき方膝を付いて目の前に座り首元に手を当て髪を少しかき上げる。
チャクラを封じた印はそのままだと確信し、目の前で横たわるのが本物の春野サクラだと認識した。
薄っすらと重々しく瞼を開けたサクラの翡翠の瞳が我愛羅を捕らえた。
「が……愛羅……くん? どうして」
目の前居に居る人物に驚きつつも疑問を口にするサクラに、我愛羅は後ろで拘束されている手を確認すると
クナイを取り出し縛り付けている草の根をサクリと切り離した。
「ああ、助けに来た」
その言葉にサクラが「ごめん」と呟けば我愛羅は「気にするな」と切り替えした。
お前には借りがあるしな。と心の中で呟く我愛羅の背後に気配を感じサクラは目を見張る。
サクラが叫ぶよりも、我愛羅が動くよりも早く砂がズズズッと音を立て我愛羅を守る。
「背後から奇襲をかけるときは気配を消せ」
さらさらと落ちる砂の合間から我愛羅は背後の気配に視線を向ける。
「サクラから、お前の匂いがする……!! 気に入らない! 気に入らない!!!」
目を見開きながら我愛羅を見たのは年端も行かぬ少年。
チラリと視線を動かし我愛羅がサクラを見れば、酷く脅えたように瞳を揺らしていたのを理解する。
子供の頃植えつけられた恐怖と言うのはそう簡単に拭い去れるものではない事を、我愛羅は誰よりも理解していた。
「何のことを言っているかは知らぬが……サクラは返してもらうぞ」
その言葉に先に動いたのは少年。
瞳を真っ赤に染め腕を我愛羅の首を目掛けて伸ばす。
少年の手が首に触れる前に我愛羅が足で少年の体を蹴り飛ばし、サクラを肩に抱えれば、サクラの髪の毛からひらりと勿忘草が地面に落ちた。
「が、我愛羅くん!」
「暴れるな」
突然の事に足をジタバタ動かしたサクラだったが我愛羅に咎められ「はい!」と思わず返事をした
「今から印を解く、体力はどうだ」
「……そこそこって感じ。悔しいけど印を解いてもらっても足手纏いにしかならないわ」
我愛羅が小声で耳打ちすればサクラは唇を少しだけ噛み、自分の不甲斐なさを嘆いた。
「それだけ話せれば十分だ」
「どういう意味よ!」
我愛羅の物言いに眉を吊り上げたが、うなじに触れる我愛羅の手に口を噤んだ。
チクリと刺す様な痛みの後、体に巡るチャクラを感じ、はぁ、と小さく息を吐いてサクラは掌を握り締めた。
我愛羅に蹴り飛ばされていた少年がゆっくりと体を起こし虚ろな瞳でサクラをその目に写す。
「……逃がさない、今度こそ」
少年がポツリと呟く。
その声に反応するように我愛羅の背後に佇む大木がザワザワと音を立てた。
不気味なほど輝きを放っていた大木は光を失い黒く染まっていく。
「なに、コレ……」
目の前で黒々と染まり、木表面がどろりと溶けるのを見てサクラは息を呑む。
「ご神木とはよく言ったものだな……」
サクラを抱えたまま我愛羅は視線だけ一度木に向け、少年に戻した。
「ふふ、知っているんだ……何処で知ったか知らないけど。お前もあの男と同じか。あの男と同じ運命を辿らせてやろうか」
肩を震わせ笑う少年に我愛羅は、断ると言葉向ける。
「あの男と一緒にするな。欲に目が眩み死んでもなお、この世に執着しようとした哀れな男だ」
「あはは。生き返らせてあげると言ったら馬鹿みたいに動いてくれたよ。生き返れるわけなんて無いのさ」
更にあははははと気が狂ったように笑う少年の声が木霊する。
「サクラを返せ。サクラは僕のだ」
ぴたりと笑うのを止め少年は目を見開いた。
少年の声にサクラの体が震えるのが分かり我愛羅は少しだけ腕に力を込めた。
「聞けぬ願いだ、断る」
我愛羅の言葉が言い終わるかどうかの間際に溶けた木から伸びる触手に砂に乗り宙を舞う。
左腕を伸ばし砂を操り、触手を掴めばそのまま握りつぶしてしまう。
「ひー! 我愛羅くん! ちょっと降ろして!!」
流れる動きに我愛羅の肩にしがみ付くサクラは懇願するが我愛羅はサクラの言葉には眉間に皺を寄せた。
「お前、また捕まりたいのか……」
「違う! 違うけど!!」
サクラの言葉を聞き流し砂に乗ったままぐるりと回転し景色が反転する。
首を上に向ければ逆さに映った少年が苦々しい顔をしていた。
「アイツの狙いはお前だ。お前が傍に居れば手荒なことはせんだろう」
「なにそれ! 私は盾じゃないわよ!」
キー! と暴れるサクラにそれだけ元気があれば十分だと納得し、チラリと少年を見下ろせば血の様に真っ赤に染めた瞳とぶつかった。
「お前に、何が分かる……」
ボソリと呟く声。
ヒヤリと冷たい空気が漂う事に我愛羅は眉間に皺を寄せた。
「お 前 に 僕 の 気 持 ち が 分 か る も ん か」
唸りを上げ瞳から真っ赤な血を流す少年に我愛羅は記憶をダブらせる。
「わ か る も ん か !!」
うああああ!! と泣き叫ぶようなその姿に我愛羅は目を細め一度だけ瞼を閉じた。
ああ、目の前に居るのは子供の頃の自分か。
誰も信じず、誰も受け入れず。
自分の存在をただ、ただ認めてもらいたかった。
自分の存在を認め、笑ってくれる存在に、ただ手を伸ばしたかった。
ここに居るのだと、存在を認めてもらいたかった。
ただ、それだけだったのだ。
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