カランカランと音を立てお店の出入り口の扉を開ける。
少し薄暗い落ち着いた雰囲気の店内。
大通りではなく少し入り込んだ場所にひっそりと存在する店は、何時しかサクラの行き着けとなっていた。


「あら、いらっしゃい」
「こんばんは」
 顔馴染みとなった女店主がにこりと笑うのを見て、サクラはカウンターの椅子に腰を掛ける。
 
 バーと言うよりは居酒屋。
ここのおでんはいつでもおいしいのよね。
そう思いながらサクラは何が食べたい? と聞かれついついおでん! と元気に答えた。

「いっつもおでんばかりね」
「だって、すっごく美味しいもの! それにお酒にも合うし……」
「……本当、貴女って綱手様に似てきたわねぇ」
「そうかしら?」

 サクラの言葉に、わっはっはと豪快に笑う女店主。
 正直綱手よりもずっと年上。聞けば三代目と同い年とか。
過去に一度だけ「皆先に行っちまってね、寂しいったらありゃしないよ」とこれまた笑って言っていたのを思い出す。
背はサクラよりも低く、綺麗な白髪を頭のてっぺんで結ってお団子にし、所謂割烹着を身に纏っているその姿は大婆ちゃんだ。
世話しなく動くその姿を見ていたサクラに「そう言えば」と振り返り声を掛ける。

「最近はどうなんだい? 同じ班員の男達に困ってたみたいじゃないか」
「あー、もう本当聞いてくださいよ! 今日だって……!!」
 昼間ナルトが病院まで来た事を思い出し、バンと飲んでいたグラスをカウンターに置きながら声を張る。


 別に嫌いなわけじゃない。
嫌いなわけではないが過保護すぎる。
もう二十五と言う年齢なのにまるで十代の頃となんら変わらない。
 いや、寧ろ十代の頃よりあの二人の過保護さが増してきている気がする。

 そんな事を思いながらパクリと大根を食べれば、中からじゅわりと出てくる汁に顔を綻ばせ笑顔になる。

「その子達も心配なんだろう」
「もう心配されるようなことはしてないです。というかいい加減にしてほしい……」
 いつまで自分の周りを付きまとうのか。
あの二人に言い寄る女の子達が多いのは知っている。その子達から紹介してほしいというのも散々言われている。

「いい加減、誰かと付き合って結婚すればいいのに」

 もう一口。
パクリと大根を食べてその言葉の意味を考えれば、自分にも当てはまるか、と思えば苦笑いしか出てこなかった。

「そういう貴女は居ないのかい? 婚約者とか彼氏とか」
「……今は仕事が彼氏ですぅー」
 女店主の質問に項垂れ頬をぺたりとテーブルにつければ、ひやりとして心地良い。

「そうなのかい? てっきりいい人が居ると思ってたけどねぇ……」
「いい人、ねぇ」

 そう言われ、少し酔った頭で考える。


 ざわざわと血液が体の中を駆け巡るような感覚にサクラはゆっくりと瞼を閉じた。
深夜の居酒屋での煩さが妙に心地よくて安心する。

 ぼんやりと思考を漂わせていれば、突然瞼の裏に映し出される映像にドキリと心臓が跳ね上がる。

 ナルトやサスケ、サイではなく。
顔見知り程度のはずの男に抱き抱えられた感触に、意外と甘く香った砂の匂い。
 カッと目を見開きサクラはバン! とカウンターを叩く。

「つり橋効果よ……! つり橋効果!!!」

 顔を真っ赤にさせながら突然叫ぶサクラに目をパチパチとさせた女店主。

「はいはい、もう酔ってんじゃないかい。いい加減今日はもう帰りなさい」
「えー、まだ飲み足りない……」

 女店主の言葉に眉を下げるサクラだが、時計を見れば既に夜中の三時を回っていた。

「もうお店も閉めるから、それに顔も真っ赤だよ」
 皺ばかりの掌でサクラの少し広い額に手を当て笑う。

「顔洗って帰りなさい。そんな顔で外をうろつかない!」
 ピシャリと言われ、しぶしぶトイレで顔を洗えば少しばかりすっきりした頭に首を振る。


「ご馳走様でした」
「はいよ、また今度来ておくれ」
 どうやらサクラが最後の客だったようで店の外まで見送ってくた女店主はのれんを下げお店の中に姿を消した。


 空を見上げれば雲ひとつない星空と春の息吹を感じさせる風が吹いていた。
足取りは真っ直ぐ軽い。

 どうせ暫く会うこともないだろう。
そうすれば少しだけ、ほんの少しだけ疼く胸の奥の感覚もきっと忘れてしまうであろう。

 それが少し嬉しいようで、少し悲しい。

「ん? 悲しい……?」

 はて? と首を傾げたサクラだったが、まぁいいかと思い家路へと着く。

 キラキラと輝く星空がただ、綺麗で仕方がなかった。