チュンチュンと聞こえるすずめの声。

 差し込む陽の光に目を中々開けれず体を身じろがせ、違和感を感じたサクラは、うん? と唸った。
ぼんやりとする頭のまま触り心地のいい布団の感触を手にその場に座る。

 ゆっくりと瞬きを二回し、ガシガシと目を擦った。


「うわあああ!!」

 思わず叫ぶサクラは今、自分が置かれている状況がよく分からずに頭を抱える。
先ほど感じた違和感。



 自分以外の人物が布団に居る。



 どういうことよ! と頭を抱え直し隣を見れば、枕に顔をつけうつ伏せになっている人物を視界に入れた。
少し赤みがかった茶色の髪の毛を見間違うはずもない。

 思い出せ! 思い出せ!! 思い出すのよ春野サクラ25歳!
昨日私は何をしていた。居酒屋でお酒を飲んで居た所に現れた人物とふざけながらお酒を飲んでいたはず!
 飲んでいたはず!!

 顔を真っ青にしてそっと両手で顔を覆ったサクラは「……記憶がない」と呟いた。


「煩い……」
 聞こえた声にビクリと肩が跳ね、顔を上げると目の前に伸びてきた腕が肩を抱き布団に縫い付けた。

「あぶっ!」
 ぼふんと柔らかい枕の上に頭が当たり、サクラは視線をそろりと隣に向ける。

「……何かあったか?」
 寧ろこっちが聞きたいわ!! と心の中で唱えたサクラは「えーと……」と言葉を濁し隣で寝ている人物の名を呼んだ。

「が、我愛羅君よね……?」

 その言葉に我愛羅は何を言っているのだ、と言う視線を向ける。

「お前昨日からそればかりだぞ。なんだ? 俺の偽者でも見たのか?」
「いや、違うの! 違うのよ……! ただねぇ……」

 言い淀むサクラに疑問を浮かべた我愛羅だったが、くぁと欠伸をし、寝転んだまま左手で首を支え、
瞬きをし、見上げていたサクラに視線を落とす。
 ゆったりとした動作を見ていたサクラに我愛羅が右手を伸ばせば少しだけサクラの肩が揺れる。

 我愛羅の動きに合わせてカサリとシーツが音を立てた。

「お前……」

 我愛羅の掌がサクラの細い首筋に無遠慮に触れ、思わず目をギュッと閉じたサクラの体に掛かる重み。
今の状況がいまいち理解できず、頭の中がパンクしそうになるサクラを尻目に我愛羅はサクラの右肩に鼻先を寄せた。

「いい匂いがする」

 くんくんとまるで大型犬がじゃれるようにサクラの肩口に我愛羅は顎を乗せた。
どうすればいいのだろうか、この状況は! とサクラはギュッと布団を小さく掴み身動きだ出来なかった。





「……母様」





 ぽつりと耳に落とされた言葉。
サクラはほんの少しだけ目を見開いて、少しだけ息を吸った。
 圧し掛かっている我愛羅の背にゆっくりと手を回して軽くポンポンと撫でるように叩けばぎゅうと、我愛羅の意外と逞しい腕がサクラを抱きしめた。


 ああ、どうして。とサクラは思う。
 私はあなた達のお母さんにはなれないのよ。

 ナルト達が自分を通して母を見ている事を知っていた。
家族を求めているのを知っていた。

 だけど自分ではその悲しみも苦しみも理解する事も出来やしないというのに。
私じゃこの人たちを救えないと言うのに。

 何故、目の前の男も、同じ班員の男達も私に母を見て、夢を見るのだろうか。
サクラにとってそれは嬉しくもあり、ほんの少しだけ悲しくもある。



 いつか私を愛してくれる人は出てくるのだろうか。
贅沢な悩みだな。
そう思いサクラは優しく、優しく我愛羅の背を撫でた。


 目の前の男の悲しみも、苦しみも理解することは自分には出来ない。
だけど手を伸ばされたのならば、その腕を優しく握り返す事ぐらいは出来るはず。


 ただ、子供をあやすようにサクラは我愛羅の背中をポンポンと叩く事しかできなかった。