ポンポンと背を叩く心地良さに瞼を閉じてその手の温もりを忘れぬように、我愛羅はサクラの細く柔らかい体を抱きしめた。
何となく、何となくだが我愛羅はナルト達がサクラを手放したくない理由を知った気がした。


 手を伸ばせば握り返し、抱きしめれば抱きしめ返してくれる。
まるで、穏やかな海のようだ。

 今まで自分がしてきた汚い事も、何もかも全てこの腕の中なら許されるような気がした。
良くも悪くも純粋に真っ直ぐ不器用に生きる目の前の人物に、ただただ甘えたくなった。


 花のような甘い香り。


 ああ、きっとあの少年もこの匂いに誘われて手放したくなかったのであろう。
だから必死だったのか。とぼんやりと頭の中で考えてゆっくりと体を離す。

 意図せず押し倒すような形になってしまったことに今更ながら我愛羅は気が付いた。

「すまん……」

 瞼を閉じて謝る我愛羅にサクラは寝転んだまま、にーと歯を見せて笑う。

「いいわよ別に! たまには弱気になるときもあるわよ!」

 そう笑うサクラにゆっくりと瞼を開け瞳を見る。
自分と同じようで少し違う翡翠色をした瞳の奥がゆらりと揺れた気がした。


 のそりと起き上がり、寝転がるままのサクラの横に胡坐で座る我愛羅は首筋を掻く。
どこか気恥ずかしそうな我愛羅を見てサクラもよいしょと隣に座り、何かを思い出したように、あ! と声を上げる。

「ねぇ、我愛羅くん聞いていい?」
「なんだ」

 あー、と視線をさ迷わせたサクラは天井を見上げて「何故私は此処に居るのかしら」と呟いた。

「俺が連れてきたからに決まっているだろう」
「だから、それがなんで!」
 確か昨日は居酒屋で飲んでいたはずでしょう!? と言えば我愛羅は眉間に皺を入れる。

「あれだけ飲んで、酔っ払っていたお前を店に放置するわけにもいかんだろう……」
 昨晩のサクラの醜態を思い出したのか我愛羅は更に眉間に皺を入れ目元を押さえ込む。
はぁ、と聞こえた我愛羅の溜息に、え、どんだけ酔っ払っていたの? と言うかそんなに落ち込むほど私は何をしたの!? とサクラは頭を抱え天井を見上げた。

「あと、サクラ……」
「え?」

 チラリとサクラを見た後にふいっと視線を外した我愛羅は少しだけ頬を染めていた。

「前、肌蹴てるぞ」

 その言葉にサクラは自分の胸元に視線を落とし「ぎゃああ!」と叫んで勢いよくチャックをギュッと引き上げる。

「もっと早く言ってくれてもいいじゃない!」
「気がつかんお前が悪いだろう」
 顔を真っ赤にしたサクラに我愛羅が反論すれば、ぶぅと口を尖らせた。

「なによ……我愛羅くんのばーか、ばーか」
 サクラのその言葉にイラッとしたのか、ヒクリと口元を歪ませた我愛羅は右手を伸ばし、パチンと軽くでこピンをした。

「あいたっ」
 実際そんなに痛くはなかったが反射的に口から出た言葉に我愛羅はそんなに痛くないだろうと返す。


「それより、サクラ」
 立ち上がり和室の扉を開けながら我愛羅はサクラに問う。
「なに?」
 首だけを向けた我愛羅にサクラは首を傾げた。

「今年はチヨ婆様のお墓参りはどうするんだ?」
「チヨ婆様? そうねぇ時間が有れば休みをもらって行くつもりだけど?」
 それがどうしたの? と訪ねれば言葉を濁し「そうか……」と呟いて和室を出てしまった。

 うーん? と考えても我愛羅の考えなど分かるはずもない。まぁ、いいか。と思い布団から立ち上がり自分の体をぐるりと見渡す。

「……特に、手を出されたというわけでもなさそうね」

 それはそれで、女としての魅力がないのだろうか。
と悩む所ではあるが結果として何もなかったからよかったんだ! と納得させても心のどこかで、否でもなぁ……と考える。


 うんうん唸るサクラを見ていた我愛羅は何をそんなに悩んでいるのか見当が付かず首を傾げた。

「サクラ」
「え? うわあ!」

 思いの外近かった距離にサクラは仰け反り扱けそうになる。
ハシッと咄嗟に我愛羅が手を掴み何事もなかったかのように言葉を続けた。

「仕事は?」
 その問いに、バッと時計を時計を見やれば仕事まで後二時間ほど。ほっとして息を吐く。
「今日は昼からだからあと二時間ぐらいあるわ。そういう我愛羅くんは?」

 そう言えばと考える。
わざわざ木の葉まで来ているのだ綱手と仕事の話があるのであろうと思い我愛羅に問う。

「ああ、あと一時間ぐらいで時間だ」
「え! あ、そうなの!?」
 一時間なんてあっという間ではないか。そう思えばサクラは申し訳なくなり「ごめん!」と謝罪をしたが
我愛羅は「別に構わん」といつもと変わらぬ口調で返す。



「ごめん! 迷惑掛けたみたいで!」
 慌てて部屋を出て行こうとするサクラに我愛羅は少しだけ目を細めた。

「また、後でな」
「うん! じゃあね!」

 そう言い窓から飛び出たサクラを見送り我愛羅はガシガシと後頭部を掻いた。

「……風呂」
 呟いた我愛羅は一度欠伸をして風呂場へ向かった。





 ガチャリと家の玄関を開けた瞬間にサクラは、ん? と疑問に思う。

「さっき、我愛羅くんまた後でって言ってたような……」
 先ほどの我愛羅の言葉を思い出し、靴を脱ぎ捨て家に上がる。

「あー……悪い事しちゃったかな、私今日病院勤務だもの」
 綱手のところに行く予定は今の所なかったのだ。

「まぁ、仕方ないか」
 綱手の元に行かなかったからとして我愛羅が何かしら文句を言うわけでもないだろう。
そう思えば思考を現実へと戻し「お風呂に入んなきゃ……」と呟いた。




 ちゃぷちゃぷと揺れる波紋をぼんやり眺めゆっくり眼を閉じ膝を抱える。
いつか、きっといつかあの人達を救ってくれる人が現れてくれるのだろうか。

「……そしたら私は」

 どうしたらいいのだろうか。
悩んでも、いくら考えても答えは見つからない。
いつか誰か、私自身を愛してくれる人は出てくるのだろうか。


 少しだけ瞼を開ければゆらゆら揺れる水面。
まるで、自分の不安定な心を表しているようで少しの寂しさを覚える。


 答えはいつも見つからないまま。サクラの心に波紋を広げるだけだった。


1.春、キラキラ輝いて 了