乾いた笑いで一歩後ずさるサクラを、今にも殺さんばかりの形相で睨みつけたサスケの紅い瞳がキラリと揺れた。

「分かった……サクラ、お前に聞くだけだ」

 一度瞼を閉じたサスケがゆっくりと瞼を上げればぐるりと発動する写輪眼。
その瞳を見てサクラは思わず拳に力を入れた。

「げ、幻術返しいいい!!!」
 そう叫んだサクラの拳がゴンッ! と鈍い音を立てサスケの顎に綺麗に決まる。


「そ、それはアッパーだってばよ……」
 突然のサクラの行動にナルトはあわわわと声を震わせツッコミを入れるが、サスケを殴ったサクラにはその言葉は聞こえてなかった。
よろけたサスケを見てサクラは肩を跳ね、力強く地面を蹴った。


「いやあああ!!!」


 叫びながら脱兎の如く走り去るサクラを呆然と見送るナルトと我愛羅。
何とか踏み止まったサスケは怒りで肩を震わせてた。


「サクラー!! 今日と言う今日は説教だー!!」
 声を荒げ怒りを露にするサスケにナルトは腹を抱えゲラゲラ笑い我愛羅は肩をすくめた。

「ひ、ひー!! 馬鹿でやんのー! 無理やり聞こうとするから殴られてやんのー!」
「なに笑ってやがるウスラトンカチ!」
「強引な男は嫌われるぞ……」

 三者三様、道の大通りでギャンギャンわめくいい大人に、行き交う人は視線を向けるだけ。
また何か問題が起こっているのだろうか。そう思いながらも、街中の人々は遠巻きに避けて通るだけだった。


「いいか、我愛羅! テメェは一旦後だ!! 今はサクラを捕まえる!」
 言い放ち地を蹴りサクラを追うサスケにナルトは「待て!」と言い後を追う。

「……やれやれ」
 残された我愛羅は呆れたように言葉を吐き少しだけ目を細めていた。




 ***



 タンッ! と軽快な音を立て屋根を伝い地面に降り立ち全速力で里を駆け抜ける。
どうしよう! どうしよう!! と頭の中で繰り返される言葉に顔を青くしてサクラは助けを求めた。
 だが、現時点で誰があの二人を相手にするものか。

「どうしよう!」
 あー、と路地裏で頭を抱え蹲るサクラの耳に聞こえてくるのは遠くで自分の名を叫ぶ声。
迫ってくる声がまるで死の宣告のように聞こえた。


「サクラ」

 ジャリと聞こえる砂が擦れる音。
顔を上げればいつの間にか目の前に立ち、サクラを見下ろす我愛羅に目を見開くと同時に、実力の差を感じる。

「我愛羅くん……」
 どうして此処に。と言おうとしたがそれよりも早く我愛羅が言葉を発した。

「こんな所にいるとナルト達に捕まるぞ」
 ぐいっとサクラの腕を引き立たせる我愛羅に首を傾げたサクラの視線に我愛羅はほんの少しだけ罪悪感を感じていた。
サスケを殴ったのはサクラ本人だが、どうも不用意な発言をしたのは自分らしい。
そう感じた我愛羅が、すまん。と謝ればサクラは眉を下げて笑う。

「いいわよ、サスケくん殴っちゃったの私だし……」
 ただ、サスケに捕まれば正座をさせられコンコンと説教をされるのに決まっている。
やれ生活態度や、やれ任務中の態度や、最近の服装やら男に色目を使っているだの。
アンタは私の父親か!! と叫びたくなるほどだ。
 どうしよう。と我愛羅に捕まれていない片腕で額を押さえ項垂れれば刺す様な視線を感じてサクラは思わず顔を上げた。



「見つけたぞ、サクラ」

 屋根の上。
太陽の光を背に受け見下ろしてくるサスケにサクラは、あわわわと声を震わせる。
サスケの背中にスサノオを垣間見た気がしたからだ。

 我愛羅はサスケとサクラを見て、面倒くさい。本当に面倒くさい。と思いサクラの腰をグイっと腕を回し、突然走り出した。

「うわっ!」
「我愛羅! サクラから手を離しやがれ!」

 まるで荷物を運ぶかの様にサクラを脇に抱え我愛羅は裏路地を走り抜ける。

「ちょっと我愛羅くん!?」
「面倒くさい、このまま砂隠れに帰る」
「はぁ!?」

 至極面倒くさそうな言い方に、サクラは抱えられたまま顔だけを我愛羅に向けた。

「お前……奴等を説得できるのか」
「うっ」

 裏路地から人が多い大通りまで駆け抜ければ、行き交う人は何事かと足を止める。
逃げる我愛羅を追うサスケだが、大通りの人の多さに「チッ」と舌打ちをし、屋根伝いで我愛羅を追うナルトに声を荒げ叫んた。

「ウスラトンカチ! 大体お前がサクラをしっかり見てないからだろうが!」
「はぁー!? 何言っていやがる! サクラちゃんに殴られてへこんでるくせしやがって」
「うるせぇ!!」

 ギャンギャン吠えるナルトとサスケの声に両耳を押さえ込みたくなったサクラだが「あ!」と声を上げた。

「我愛羅くん、私荷物持ってきてない!」
「向こうで揃えろ。必需品は後でテマリに持ってきてもらえ」
「でも!」

 叫ぶサクラだが気が付けば里の出入り口まで駆け抜けていた事に驚きつつぼんやりと空を眺めた。


 ああ、なんて今日はいい天気なんだろうか。
ほんの少し遠くで聞こえるナルトとサスケの声以外に、同期のメンバーの聞き覚えのある声が聞こえたことは聞かなかったことにした。






2:人攫い 了