3:変化



 ゴオオオと音を立てる砂嵐。
夜に吹き荒れる砂嵐だが里内は大丈夫であろう。そう考えた我愛羅は夜分遅くまで仕事をしていた執務室を後にする。
 今日も一日無事に終わったか。そう思いゆっくりと足を進めていくと廊下から見えた別塔の灯りが点いているのを見つけ我愛羅は溜息を吐き目元を押さえた。


「あいつは……」

 サクラが砂に来て、と言うより我愛羅が誘拐半ば連れてきて早三週間。
その三週間で綱手の言葉を痛感する。
 仕事とは言え、砂隠れの民の為に尽くしてくれるサクラには感謝していたが、ナルトとサスケがあれ程までに過保護にしていた理由も頷ける。
ひとつのことに集中すると周りが見えなくなる。特にそれが誰かを救うためだとなると尚更だ。

 少しだけ息を吐き、我愛羅は足を進めた。




「うーん……やっぱりこれは駄目か」
 大量の資料を机の上に山積みにし、結果を手元の紙に書き殴っていく。
うんうん唸るサクラは椅子から立ち上がり顎に手を当て資料をペラリとめくる。

 よほど集中しているのかサクラは周りの気配など感じずにうーんと首を捻れば耳に掛けていた髪の毛がさらりと流れた。
その瞬間ヒタリ、とうなじに冷たい何かが当たる感覚。

「きゃああああ!!」

 思わず叫んでバッと振り向けばそこには手には水が入った冷えたグラスを持ち、肩を震わせながら笑う我愛羅の姿があった。

「何するのよ! 我愛羅くん!!」
「気づかんお前が悪い」
「うぐぐ……」
 恨めしそうに見るサクラに、ほら。とグラスを差し出せばサクラが少し乱暴に受け取ればグラスの水が揺れる。

「どうしたのよ我愛羅くん。こんな時間に……」
 グラスに口を付け一口ゴクリと水を飲めば体の中から冷やされる感覚にサクラはふぅ、と息を吐く。

「その言葉をそっくりそのまま返す。お前こそ何をしている」
 既に丑三つ時を過ぎ、研究員はとっくに帰っており里を警護する暗部が数名起きている程度。
我愛羅とて人のことを言えぬがそれでもサクラは木の葉から派遣された忍。
 何かあってからでは困るのだと我愛羅は小さく息を吐いた。


「いい加減にしろ。早く帰れ」
「うぐ……」
 じろりと睨まれるような視線にサクラはここ最近、何度も何度も我愛羅に注意をされていたのを思い出し口を噤んだ。

「わかったわ」
 そう返したサクラは散らかった資料に付箋を貼りけ無造作に片付けていく。
その様子を見ていた我愛羅は「帰る支度が終わったら待ってろ」と言いサクラが飲み干したグラスを持って部屋から出て行ってしまった。


「待ってろって……」
 一体どうしたものか。
サクラは頭でそう思いながら貴重品を無造作にバックに放り込み椅子に腰を下ろした。
ゆっくりと薄暗い天井を見上げ深呼吸をする。


 あまりにも過保護すぎやしないだろうか。
砂隠れに来て、と言うよりも誘拐半ば連れて来られてからと言うもの、我愛羅がサクラの前に姿を表す頻度が高い気がしていた。
 確かに今回砂隠れからの要請と言うことで派遣されたのは間違いないのは確かだ。いわば客人でもある。

「なんだかなぁ……」
 ゆっくりと視線を下げ机を見れば先ほどサクラが飲んでいたグラスの水の跡が残っていた。

 いち忍里の影が、一介の医療忍者に対して行う態度として傍から見れば褒められたものではないはずだ。
我愛羅ぐらいになれば縁談もきているだろう、影の配偶者となるものは表に出る事は早々無いから知らぬだけで、
もしかすると婚約者だっているかもしれない。
なにしろ若くして影まで上り詰めた男だ国や里がそんな男を逃がすわけは無いだろう。 

 そんなことをぼんやり考えていたサクラは背後に人の気配を微塵も感じていなかった。

「おい」
「ぎゃああ!!」

 椅子から飛び上がり叫び声を上げたサクラが、声の人物を見れば目の前の男は口元を押さえ肩を震わしていた。

「わ、笑う事ないでしょう!」
「すまん、だが忍がそう簡単に何度も背後を取られるな」
「……ちょっと考え事してただけよ」

 口元を歪ませたサクラは、先ほど我愛羅にグラスを当てられたうなじを押さえた。

「砂嵐も落ち着いてきた。今の内に帰るぞ」
 そういった我愛羅は遠慮無しにサクラの腕をぐいっと引っ張った。

「ちょっと……! 帰るけど!」
 サクラの言葉を無視してぐいぐいと足を進める我愛羅の背を見てサクラは困ったなと考える。

 夜ご飯を食べてないんだよな。
 帰りに何か食べて帰るか、買って宿で食べるかしようとしたサクラだったがこのままでは何も口にすることなく宿まで着いてしまう。
どうしたものかとうんうん、考えていたサクラのお腹がぐーっと音を立てて廊下に響いてしまった。

「あ」
 と声をあげたのはサクラ。
廊下に響いた音を聞いてピタリと足を止めた我愛羅はサクラの顔を覗き込んだ。

「夕飯は食べていないのか」
 眉間に皺を寄せた我愛羅の視線は、暗に飯も食わずにお前は何をしているのだと言っているようでサクラは思わず顔を逸らした。

「奇遇だな、俺もまだ夕飯を食べていないんだ」
「へ、へー……」
 ひくりと口角が上がるサクラを確認して我愛羅は目元を細くし薄く笑った。


「飲みにいくぞ」
 拒否権は無いと言う様に我愛羅はサクラの腕を掴んだまま足を進めた。

「うへぇー……」
「嫌そうだな」
「まさか! 上司と一緒にお酒を飲めるなんて光栄です!」
「……なんだそれは」

 互いに軽口を叩きあい合えるまで縮んだ距離感が心地良かった。